- 事例紹介
- スタートアップ
株式会社Alpaca.lab(アルパカラボ)は、「課題先進県の沖縄から課題解決のスタンダードを」を理念に掲げるスタートアップ。2018年、競争力のあるベンチャー企業の創出を目指し、沖縄タイムス社と琉球銀行が共同で取り組む『オキナワ・スタートアップ・プログラム』に採択され、2020年に運転代行(※)配車アプリ『AIRCLE(エアクル)』をリリースしました。
「運転代行を持続可能で地域の社会課題を解決できるビジネスモデルにしたい」と業界DXに取り組む代表取締役・棚原生磨(たなはらいくま)さんに詳しくお話を伺いました。
※ 運転代行:車を運転することができない人(依頼人)に代わり、その車を指定の場所まで運転すること。通常は夜間、飲酒した人の代わりに運転する場合が多い。二種免許を持ったドライバーと普通免許のドライバー二人一組で車(随伴車)にて現場に向かい、二種免許ドライバーが依頼人が同乗する依頼人の車を運転。普通免許ドライバーが随伴車で追走し、目的地に着いた後は随伴車で戻るシステム
なぜ、運転代行だったのか?
「沖縄で生まれ育ち、大学から県外に出て東京の企業で数年間働いた後戻ってきました。その時、せっかくなら沖縄のためになることをしたい、と考えたんです。沖縄の抱える様々な社会課題を何か一つでも解決できないか、その共通の攻略法を見つけられないか、と思いました」
ある一つの課題ではなく、様々ある社会課題の解決に応用できる共通のメソッドを見つけることはできないか、と考えた棚原さんが注目したのが、運転代行でした。
「運転代行業界には課題が山積みでした。受注は電話に頼り、業務のほとんどがデジタル化されていません。価格競争も激しく、時給換算すると最低賃金を切る報酬体系になってしまうことも。事業者側も経済的な余裕がないために保険未加入のまま営業している場合もありました。その結果、安心・安全面やサービスの質が下がってしまい、運転代行業界全体のイメージもネガティブなものになりがちだったんです。
持続可能でないビジネスモデルを新しいサービスで塗り替えるのではなく、この業界の方々が主体的・創造的になってこうした状況から脱却する手助けをするための仕組みを作りたい、と感じました。
また、運転代行は本来夜だけでなく昼、人だけでなく物にも応用でき、様々なビジネスと連動して付加価値を高められるもの。ビジネスチャンスがある、と思ったのも事実です」
運転代行サービスの現状と課題
通常、運転代行を利用する流れは下の図のようになります。
待ち時間が長く、やりとりも煩雑。マッチングから支払まですべてのプロセスに「面倒」「不安」「わからない」がつきまといます。
課題だらけの運転代行ビジネスを変えるべく、棚原さんが琉球大学と共同で開発したアプリがAIRCLE(エアクル)でした。
運転代行配車アプリAIRCLE(エアクル)
AIRCLEの仕組みを支えているのは膨大なデータとAIです。人口流動データ、天気データをもとに、AIによるマッチングアルゴリズムの最適化、需要予測、客層分析が行われ、マッチングから到着までにかかる時間は当初平均13分、現在は平均9分にまで短縮しています。
公安委員会の自動車運転代行業認定を受け、運転代行保険に加入していることは、運転代行業者がAIRCLEに登録する必須条件。事故やトラブルを未然に防ぐための接客や運転に関する研修も定期的に行われています。
「手軽に使える点、細かな工夫があり、UI(※1)やUX(※2)が楽しく操作しやすい点からネイティブアプリ(※3)を選択しました。開発支援や保守管理、アップデートの環境が充実している点も大きかったですね。
位置情報にはGoogle、キャッシュレス決済にはStripe(※4)など、既存の優秀なサービスも組み合わせて開発の手間とコストを抑えています。機能面だけ考えたらコールセンターでも良かったかもしれませんが(笑)、理想的な形を作れたかなと感じています」
※1 UI(ユーザーインターフェース):User Interfaceの略称。インターフェースは接点を指し、一般的にユーザーと製品やサービスとの接点すべてを意味する
※2 UX(ユーザーエクスペリエンス):User Experienceの略称。ユーザーがある商品・サービスを利用する上で得られる一連の経験
※3 ネイティブアプリ:iOSとAndroid OSの各環境に合わせた専用アプリで、アプリケーションストアを介してインストールして使用する。カメラや位置情報、プッシュ通知の機能が利用でき、多彩なサービスを提供できる
※4 Stripe(ストライプ):銀行や金融機関、デジタルウォレットなどと連携したオンライン決済サービス。大手企業からスタートアップ企業まで、世界14カ国・100万を超える企業で導入されている
「代わりに運転してもらう」を当たり前に
「現在AIRCLE内で試験的に運用しているのが、一人のドライバーが自転車で駆けつけるサービス。ユーザーの車に自転車を車載する座席一人分のスペースがあれば利用できます。
二種免許保持者がここ10年で約半分に減って確保が難しいことに加え、随伴車やその運転者のコストも問題。効率的にコストを下げ、普通免許で他の人の車を運転できないか、と考えました。
経産省のグレーゾーン解消制度(※)の回答事例を活用して『ドライバーが車以外の徒歩や自転車で戻る場合、代行法をはじめ法律に抵触するものはない』という回答により作った仕組みですが、こうした仕組みに対応する保険はなかったため、大同火災海上保険株式会社さんと提携し、専用の保険も開発しました」
こちらのサービスは、2022年4月から那覇市近隣で試験運用中。
1日を通して時間単位での運用もでき、免許を返納した高齢の方の買い物の付き添い、お子さんの送り迎え、急な体調不良といった、様々な場面でのニーズに対応することが可能で、夜間、飲酒したユーザーに限られていた運転代行のビジネスモデルを拡大・発展させていくサービスです。
「タクシーより手軽な料金で移動できる、安心で持続可能なモビリティサービスになると思います。他の人に車を運転してもらう、運転手を持つという便利さを多くの方に体験してもらいたいですね」
※グレーゾーン解消制度:事業者が新たな事業を計画するにあたって現在の規制の適用範囲が不明確な場合に、具体的な事業計画に即して、あらかじめ規制の適用の有無を確認できる制度。新規事業を開始する際、関連法令の規制対象となるか、取得の必要のある許認可、遵守すべきルールなどが不明確な場合に活用することができる
課題を解決に導く共通のメソッドを見つけたい
AIRCLEは2022年7月現在、沖縄県内で4万ダウンロードを達成。
ユーザーからは「安心・安全に利用できる」「電話をかける手間なくすぐに来てくれて本当に助かる」といった好意的な声が寄せられています。
「料金設定は初乗り1400円、1kmごとに200円と通常の運転代行より若干割高です。当初はネックになるのではと考えていましたが、80%のユーザーが安心、安全ですぐ来るという価値を高く評価してくださっています」
運転代行業にDXを起こし、長年の様々な課題を着実に解決に近づけているAIRCLE。サービスを提供する業者側にも大きな変化が表れているのだそうです。
「位置情報によるマッチングの時間短縮により、電話受注に比べ効率は30%、利益は20%ほどアップする結果が出ています。コロナ禍でもAIRCLEトップの10社は業績を伸ばしているんです。タブレットの導入がタイムロスやミスの減少、業務効率化にもつながっています」
棚原さんはさらに先を見据えています。
「初乗りで1500円払ってもいいと思えるような、すぐ来る、予約できる、安心安全で清潔感があるサービスにしていきたいですね。そのためには、まずは運転代行業界全体が適正化され、法律を守る存在になること。さらに、運転代行が他の社会的な課題を解決する存在になることを目指したい。
運転代行の持つリソースが他の社会課題を解決する、地域のためにコミットするという図を作ることができれば、業界が変わったと言えると思います」
その時が、棚原さんが求める” 課題を解決に導く共通のメソッド”が形になる時なのかもしれません。
行政との協力体制を強化し、さらなる運転代行のDXを
AIRCLEは日々アップデートを繰り返し、現在はユーザーと運転代行業者が相互に評価できる仕組み、アプリでのキャンセル受付最適化なども進行中。今後ますますユーザーにも運転代行業者にも使いやすく、より利益をもたらす形になっていきそうです。
運転代行業界のDXを加速するために棚原さんが今後必要と考えているのは、行政との協力体制。
「運転代行業界全体の適正化のために、行政との強固な協力体制を築きたいですね。保険会社と連携して運転代行保険の加入状況をリアルタイムで確認できるシステム、申請手続の煩雑さを解消するシステムなどを提供し、運転代行業者の管理に関するDXも実現できればと思っています。
運転代行業者への接客や運転技術の研修についても、たまったノウハウをマニュアル化し、自動車学校と共同で資格化を進めています」
” 「運転の代行」という行為を通じてモビリティの可能性を切り開き、社会課題を解決する” というビジョンに向け、着実な歩みを進めるAlpaca.Lab。
人の車を運転して移動できる、という運転代行のリソースは、レンタカーやカーシェア、ガソリンスタンドなど車に関わるサービスはもちろん、飲食やホテル、観光といった様々な分野とも連携可能であり、お互いの付加価値を高める可能性を持っています。
ITやAIの技術も組み合わせながら、新しい付加価値の高いサービス、便利な社会を実現できるサービスが沖縄から生み出されていく未来も見えてきます。