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『敬愛』『自立支援』『地域福祉の推進』を理念として掲げる社会福祉法人千尋会(以下、千尋会)。1984年に南風原町唯一の特別養護老人ホーム「嬉(うれしの)の里」、1989年に通所介護「デイサービス」、2001年に特定有料老人ホーム「むつみ寮」を開設し、30年以上にわたって地域の介護・福祉を支えてきました。
高齢化が急速に進む現在、介護を必要とする高齢者人口の増加、少子化による労働人口減や業務負担の重さから介護に携わる人材不足が深刻化するなど、介護を取り巻く環境には厳しいものがあります。
千尋会は、避けられない人材不足を見据え、「介護」というサービスを今後も人の手で提供していくために、人が行わなくても良い業務を機械やシステムに任せ、効率化・自動化する取り組みを始めます。そのきっかけや成果、目指す姿について、事務長の嘉手苅一(かでかるはじめ)さん、総務の金城秀和(きんじょうひでかず)さんにうかがいました。

“人の命を預かる”スタッフの責任感をサポートする体制づくり

介護施設において、利用者の安全と健康は第一に守らなければならないもの。そのため、介護従事者は昼夜を問わず24時間体制で巡回や訪室、センサーなどを利用した見守り、緊急時の対応を行います。
少子高齢化や人の命を預かる業務の重さから、介護に関わる人材不足は深刻さを増しています。厚生労働省が行った労働経済動向調査(令和5年2月)概況でも、「医療,福祉」が「人手不足感が高い」産業の筆頭に挙げられており(※)、非常に厳しい状況と言わざるをえません。

嘉手苅さんは、そうした中で真摯に利用者と向き合うスタッフの精神的疲労を軽くしたい、と感じていたそうです。

「介護には温かな人の手が必要」と話す事務長の嘉手苅さん
「介護には温かな人の手が必要」と話す事務長の嘉手苅さん

嘉手苅さん
利用者の命を預かる責任感と『何かあってからでは遅い』という不安から、スタッフが規定回数以上の巡回を行うことも多くありました。特に夜間は少ないスタッフで対応する場合も多く、その精神的な負担や疲労をできるだけ軽くしてあげたい、と感じていたんです。
介護には温かな人の手が必要で、機械に置き換えられない仕事がほとんどですが、労働人口は減少に向かい、今後必要な人数を雇うのは難しい状況でもあります。人がやらなくていい部分は機械化・自動化して、スタッフの負担や残業時間を減らし、短時間勤務など多様な働き方にも対応できる体制を整えることも急務でした」

当時から、寝たきりの方をリフトで持ち上げて移動する「移乗(いじょう)リフト」、ベッドから起き上がった、足を下ろして座った、といった動きを感知し、コールボタンと連動して知らせる「離床(りしょう)センサー」も使用していました。

しかし、コールが重なった際にどの部屋へ行くことを優先させるか判断が難しかったり、行く必要のない状況だったりといったことも頻発。より利用者の状況が「見える」ツールが必要でした。

金城さん
「できるだけ利用者の睡眠を妨げないタイミングで訪室したい、という思いもありました。巡回や排泄介助などは定期的に行いますが、眠っている方を起こしてしまうのは申し訳なく感じますし、その後眠れなくなってしまう場合もあります。睡眠の質が下がると健康状態に影響が出る可能性もあり、利用者一人ひとりに合わせたサービスを提供したいと考えていました」

嘉手苅さんとともにシステム導入を進めた総務の金城さん
嘉手苅さんとともにシステム導入を進めた総務の金城さん
※労働経済動向調査(令和5年2月)の概況 調査の概要よりpdf (mhlw.go.jp)

呼吸・心拍、アラート時の映像をPC・スマホで確認できるシステムを導入

嘉手苅さんは、実は元SE。千尋会前施設長の誘いで介護の現場へ飛び込んだ異色の経歴の持ち主です。金城さんも嘉手苅さんと同じ企業に勤め、医療関係の電算部に所属していましたが、嘉手苅さんに声をかけられ現職へ。お二人の知識と経験、人脈を生かし、様々な介護用システムのリサーチやデモ使用を通して選んだのが、パラマウントベッドが2009年に開発・販売を開始した「眠りSCAN(スキャン)」でした。

発売当初は体動データから眠りの質を計測するものでしたが、改良を重ね、要望の多かった呼吸数データや起き上がりなどの動作検知を行う機能を追加。2019年にはNECソリューションイノベータとともにアジアITビジネス活性化推進事業(沖縄県商工労働部情報産業振興課※補助事業)に参加し、センサーの機能を向上させ、呼吸数に加え、心拍数も把握できるようアップデートしました。さらに、カメラと組み合わせることでアラートが鳴った際に映像も送られ、利用者の状況をより正確に、詳細に確認できるツールになったのです。

マットレス下のセンサーと任意の場所に設置するカメラで利用者を見守る「眠りSCAN」
マットレス下のセンサーと任意の場所に設置するカメラで利用者を見守る「眠りSCAN」

嘉手苅さん
「マットレスの下に敷いたセンサーで計測するため、利用者は機器を身に着ける必要がなく、余計なストレスを感じずに済みます。また、パソコンだけでなくスマホからもデータを確認可能な点、介護記録ソフトとの連携がしやすい点、英語にも対応可能な点も決め手になりました」

こうした介護用ロボット導入は高額になる場合が多く、負担が大きい分経営陣の動きは慎重になりがちです。嘉手苅さんは、費用対効果について丁寧に説明を行うことに加え、高額になる導入費用には「介護ロボット導入支援事業(県子ども生活福祉部高齢者福祉介護課補助事業)」を利用して負担を最小限に抑えることで導入の了承を得ました。

嘉手苅さん
「2020年にベッドから車いす、車いすからお手洗いといった、ご自身では立ち上がれない方の移動をサポートする移乗(いじょう)ロボットを1台自費で購入していますが、簡単には買えない金額でした。公的補助がなければ、介護現場でのこうしたツールの拡充はとても難しいと思います

千尋会は眠りSCANを2021年に嬉の里短期入所生活介護施設(ショートステイ)に2台、むつみ寮に6台を、2022年には嬉の里に14台を導入。2023年にも、施設全体で22台の導入を予定しています。

※沖縄県商工労働部情報産業振興課 2023年4月より沖縄県商工労働部ITイノベーション推進課

スタッフの負担を心身ともに和らげ、個別ケアも実現

眠りSCAN導入による効果は顕著なものがありました。2021年に6台を導入したむつみ寮では、訪室回数は1日平均260回から230回へ、10%減。残業時間は月平均2時間削減
同じく2021年に2台を 導入した嬉の里の短期入所生活介護施設では、訪室回数は1日平均105回から90回へ、25%減。残業時間は月平均3時間削減となっています。

嘉手苅さん
「ベッドから離れた、座っている、といった体の状態はもちろん、呼吸数・心拍数データをPCやスマホで常時把握できます。万が一の場合はアラート通知も届きますが、これまでとの大きな違いは映像データが見られること。駆けつける必要があるかどうか、また複数のアラートが鳴った際にはどの部屋に最優先で駆けつけるべきか、すぐに判断ができるようになりました」

PCの管理画面。映像データを含め様々な情報が確認できる
PCの管理画面。映像データを含め様々な情報が確認できる

金城さん
「深い眠りに入っている、目が覚めそうな状況にある、といった細かな睡眠状況もわかります。眠りの波形を見ながら、目が覚めている状態、あるいは目覚めそうなタイミングで排泄介助に入る、また、深く眠っている場合は介助を見送るといったように、時間で区切るのではなく、利用者に合わせた個別ケアができるようになったんです。
短期入所の利用者から多い『巡回は最小限にしてほしい』という要望に応えることもでき、コロナ禍では接触を最小限に抑え、入所者とスタッフの安全を守ることにも役立ちました

心拍、呼吸データがパソコンやスマホに常時表示され、万一の際はアラート、映像でリアルタイムの利用者の様子を確認できることは、スタッフに安心感を与え、「心身両面で楽になった」という声も多く聞かれました。さらに、呼吸と脈拍の波形から体調変化の兆候をとらえることも可能に。発熱などに備えることもでき、大きなトラブルを未然に防ぐ役割も果たしています。

精神的なゆとりが生まれたことで、スタッフの休憩時間の確保、臨時のレク活動の実施回数増、内容の充実が可能になりました。また、夜間覚醒の多い利用者の日中活動を見直す取り組みから、昼夜逆転の改善などの効果も得られているということです。

スタッフの精神的なゆとりが生まれ、様々なレク活動も充実
スタッフの精神的なゆとりが生まれ、様々なレク活動も充実

現在ではこのシステムを中心に業務が構成され、「ないと困る」存在になった眠りSCAN。しかし、「どんなに便利なものでも、新しいものを入れるのはストレス」と嘉手苅さんが語る通り、新たなツール導入に関しては、難色を示すスタッフの存在や、導入後に現場で受け入れられないリスクにも気を配る必要があります。嘉手苅さんは、そうした備えも万端に導入を進めていました。

IT出身者は参加しない、現場による、現場のための「テクノロジー委員会」

嘉手苅さんは、SE時代に経験した様々な企業へのシステム導入から、現場への働きかけの大切さを痛感していました。そこで、2018年に「テクノロジー委員会」を発足。介護、看護、リハビリ、事務すべての部署から代表者約15名が参加し、月1回、現場の困りごとや機械化・システム導入のメリットの洗い出しなどを行いました。

嘉手苅さん
現場を良く知らない上層部が他施設の事例などから導入を決めてしまうと、現場にマッチせず倉庫の片隅で眠らせてしまうことになります。あえて私や金城は参加せず、『おそらく合わないだろう』と結果が見えるような場合でもあえて口を出さず、現場が主体になって話し合い、解決策を探り、経験を積んでもらう場にしました」

現場からのアイデア出しはもちろん、メーカーからデモ機を借りて実際に使用し、「こんなシステムがほしい」「これは使えなかった」といった経験を蓄積するなど、新たな情報に触れ、共有する場として大いに機能したテクノロジー委員会。ITのバックグラウンドを持つ嘉手苅さん、金城さんが参加しなかったことで、スタッフたち自身が時には失敗しながら学び、知識を高めていくことになりました。

こうした工夫が功を奏し、導入に際して行われたスタッフ向け説明会、導入後のメーカーによる定期的な研修や必要に応じたサポートに加え、テクノロジー委員会が基本操作のおさらいや施設ならではの活用アイデア共有なども随時行い、スタッフを牽引。現場への浸透を後押しする役割を果たす存在になっていったのです。

勤怠やシフトの管理、給与計算もITツールで省人化・効率化

千尋会は、介護現場のみならず事務部門でも省人化・効率化を進めています。令和4年度ICT支援事業(県子ども生活福祉部高齢者福祉介護課補助事業)を活用し、2023年5月に静脈認証による勤怠管理の導入で、入出勤のタイムカード、給与、シフト管理などの基礎資料を作れるシステムの構築・導入を行いました。

これにより、タイムカードによる打刻を手のひらの静脈による生体認証へと転換。シフト組みは手作業から自動で生成されたパターンを微調整する形になり、慣れた人で2日、そうでなければ3日かかっていたものを1日へと短縮。3~4人で7日必要だった給与計算は、2人で3~4日で終えられるようになりました。

勤怠管理は手のひらの静脈を読み取る生体認証へ
勤怠管理はタイムカードから手のひらの静脈を読み取る生体認証へ

金城さん
「数年前から様々なシステムをリサーチし、福祉関係に多く納入されているものからデモを行い、選定しました。
介護は24時間勤務、8時間×3シフトが基本ですが、お子さんの送迎、短時間勤務といった個々の事情に合わせるため、私たちは1日25~26のシフトを組んでいます。働きやすい環境を作るためですが、介護保険上の約束事を守り、熟練者と非熟練者の組み合わせなども考慮しなければならず、手作業で行うのは大変でした。
給与計算も、必要なデータが別々に存在しており、集計作業に手間がかかるうえにミスのもとになっていたんです。勤怠データを連動させることで超過勤務なども自動で計算できるようになり、大幅な効率化と正確な処理につながりました」

嬉の里では、廊下を「2022年のリゾテックエキスポ(※)で一目惚れして導入を決めた」というお掃除ロボットが走り、移乗ロボットが活躍する姿もあちこちで見られます。印象的なのは、働くスタッフや、そのサポートを受ける利用者の穏やかな表情施設全体で進む機械やシステムの導入は、それを支えるひとつの柱となっていると感じられました。

座った状態から車いすへ、車いすからお手洗いへといった動きをサポートする移乗ロボット
座った状態から車いすへ、車いすからお手洗いへといった動きをサポートする移乗ロボット
床だけでなく空気中の塵もきれいにするお掃除ロボット
床だけでなく空気中の塵もきれいにするお掃除ロボットも活躍
※リゾテックエキスポ:「ResorTech EXPO in Okinawa」。毎年11月中旬に開催される、沖縄最大のIT・DX展示会

挑戦する価値のあるロボットやシステムの導入。まずは課題の整理から

少なくとも1日3回実施し、メモ書きしたものを入力するため時間と手間がかかっている介護記録を自動化する仕組みも構築中だという千尋会。事務の面でも、点在するソフトをつなげ、一度の処理ですべてが終わるような仕組みを整えていきたいと、今後もシステム導入による省力化・効率化・人的ミスの削減を進めていこうとしています。

最後に、嘉手苅さんに、これから介護ロボットやシステムの導入に取り組もうと考えている介護施設の方々へ、アドバイスをいただきました。

嘉手苅さん
「『何を入れればいいのかわからない』『業者に聞いてみたが何を言っているのかわからない』というお声をよく耳にします。システムの導入は思った以上に大きなメリットを得られるものなので、あきらめず、壁を越えて挑戦する価値はあると思います。
沖縄県や介護福祉、リハビリといった業界団体が参画する介護に関する連絡協議会が2022年に立ち上がり、情報交換の場として活動を始めています。また、機械の貸し出しなどにも対応してくれる団体などもあり、そういったところから情報収集するのもいいのではないでしょうか。
また、IT企業に相談する前に、専任では難しくても主となる担当者を置き、自分たちが何に困っていて、何を解決したいのかをきちんと整理し、どんなものを求めているのかをしっかり伝えられるようにしておくことは大切です。そうすれば、しっかりフィットするものを提案してくれるパートナーを得られると思います」

機械やシステムに任せられる部分はすべて任せ、人の手は介護というサービスの質をより高めていくために集中できる体制に。千尋会はすでにその一歩を踏み出し、働き手からも、利用者からも選ばれる介護施設のひとつのロールモデルとなっているように感じます。

千尋会全景
【施設概要】
事業内容 指定介護老人福祉施設、通所介護事業、指定居宅介護支援事業所 ・特定有料老人ホーム
所在地 沖縄県島尻郡南風原町字新川538
電話番号 098-888-0591/098-888-0592
開所 1984年3月
代表者 田崎琢二

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