- 事例紹介
- IT活用/データ活用
「子どもたちにおいしくて安全な牛乳を飲ませたい」「添加物が入っていない安くて安心できるパンがほしい」という願いから、1976年に設立された生活協同組合コープおきなわ(以下、コープおきなわ)。安心・安全な食を届ける店舗事業と宅配事業を軸に、ハウジングや葬祭関連といったくらしのサポート、保険・共済事業も手がけ、2024年現在約24万人の組合員が出資・利用・運営する協同組織です。
小売業の中でも高単価の商品が少なく、業務に人手を要し利益率が低くなりがちな食品スーパー。コープおきなわでは、食の安全・安心を守っていく土台となる賞味期限管理が手書き・Excelで行われ、効率化の面からはもちろんスタッフにかかる重責からも改善が急務でした。
支援制度を活用して踏み出したシステム開発・導入による効果は月の労働時間135時間削減という劇的なものに。プロジェクトを主導したバックアップ本部 情報システム室 室長の宇良方克(うらまさかつ)さんにお話をうかがいました。
「これまでのやり方では対処できない」。システムによる効率化と生産性向上へ
『2022年スーパーマーケット年次統計調査』(2022年、一般社団法人 全国スーパーマーケット協会他)によれば、人手がかかり、差別化や高単価での販売が難しい食品スーパーの利益率の平均は26.17%と、小売業の中でも決して高いとは言えない水準。さらに、原材料や光熱費、人件費の高騰、人材不足に苦しめられるようになりました。
宇良さん
「給与水準上昇や少子高齢化の影響もあって募集をかけても採用につながらず、『人手をかけてどうにかしよう』というこれまでのやり方では対応できなくなりました。事業継続のためには、業務をできる限りシステムに任せ、人にしかできない部分にリソースを集中できる体制を作り、生産性を引き上げる必要がありました」
コープおきなわ設立の根源とも言える「食の安心・安全」は、経営陣が最も重視し、スタッフも高い意識で取り組んでいる部分です。多岐にわたる商品が毎日出入りする店舗の中で大きな課題となっていたのは、その土台となる賞味期限管理でした。
宇良さん
「手入力で作成した商品リストを見ながら商品の賞味期限日付を目視で点検し、リストに記入して事務所内でパソコンへ入力、賞味期限到来間近な商品をリスト出力してピックアップする、という手順が必要でした。
点検・入力作業に多くの手間と時間が必要なうえ、ミスがあれば最悪の場合事故にもつながりかねません。責任の重さもあってスタッフへの負担が大きく、どうにかしなければ、という思いはかなり以前からありました」
宅配業務の効率化を目的としたOCR(※)導入のため、1980年代半ばには情報システム室を立ち上げていたコープおきなわ。一度は賞味期限管理の既存システム導入も検討したそうですが、テスト段階で店舗の運用に合わず、見送った経緯もありました。
こうした課題感に加え、現場からも改善を望む声が上がるように。店舗事業の効率改善を進め、生産性の高い事業構造へ転換するため、システム開発・導入へと踏み切ることになったのです。
※OCR:Optical Character Recognitionの頭文字。手書き・印刷された文字をスキャナーやカメラで読み取り、画像を解析してデジタルのテキストデータに変換する技術
資金の壁は補助金で突破。支援制度を活用しシステム開発とデータ経営へ
手入力・目視確認を効率化するためには、ハンディターミナル(主に物流・小売業で在庫管理や入出荷業務に使用される、バーコードや二次元コード等の携帯用読み取り機器)も必須。単価が高い機器で、システム開発費と合わせると高額の投資となることから、二の足を踏んでいた部分もあったそうです。
コープおきなわは、補助金や支援制度について普段から情報収集を行っていました。ある時参加したセミナーで、沖縄県DX促進支援事業(商工労働部ITイノベーション推進課事業)を知り、エントリー。補助金を活用することで費用面の壁をクリアします。
事業の受託団体であるISCO(一般財団法人沖縄ITイノベーション戦略センター)とは経営陣を交えたミーティングも行い、計画を策定。賞味期限管理システムについては県内IT企業とタッグを組んで開発・導入するとともに、もう一つの大きな課題であったデータ利活用にも取り組むことが決定します。
宇良さん
「売上、製造、在庫、値引、廃棄の情報を関連づけて分析しようにも、それぞれが基幹システム上の異なる場所に散在しているため、手作業で集める必要がありました。値引や廃棄の状況は毎朝店長や副店長が実績をまとめて報告していますが、収集や整理に手間を取られ、データは蓄積されているのに有効活用できていない状況でした。
賞味期限管理システムは信頼のおけるIT企業を中心に開発を行い、私たち情報システム室は同時並行で実績分析システムの導入に着手、手作業を減らし、データに基づいた運営を行う体制を整えることになりました」
開発を担うパートナーには、コープおきなわでのシステム構築や業務委託の実績があり、卸関連企業との開発実績も多く高い評価を得ている県内IT企業を選定します。長期の使用や実際の運用後の調整などを前提に、メンテナンスやアップデートに対応できる厚い開発体制と人材が揃っていることも重視しての決定でした。
労働時間月135時間削減。重視した「現場で使ってもらう」ためのサポート
賞味期限管理システムには、バーコードや二次元コードに加え、数字を認識できるOCR対応のハンディターミナルを使用。スキャンしたJAN コード(※)と賞味期限日をデータ化してデータベースへ蓄積、賞味期限到来間近な商品をリスト出力する仕組みを構築しました。
プロジェクトの主要メンバーはコープおきなわ側3名、パートナー企業側3名。絞り込んだメンバーで密に連携し進めました。システム関連の知識もあった店舗事業本部のリーダーが、現場の困りごとや改善点、現場で使いやすい仕様などを整理し、それをもとに仕様を決定、開発を行ったそうです。
これまでは、経営側からの提案でシステム化を行うことが多かったコープおきなわ。導入段階で従来の方法を変えること、新たなシステムへの抵抗感などが出てしまう場合もあったそうですが、今回のシステムは現場の強い要望から開発されたものだったため、導入のハードルは低かったといいます。
とはいえ、業務の進め方は大幅に変わります。業務改善効果を最大限に発揮させるため、説明や研修、サポートには力を注ぎました。
宇良さん
「現場には『なぜこの仕組みを使うのか』『どういった改善ができるのか』の説明も丁寧に行いながら、2カ月ほどはつきっきりで研修を行いました。システムを使う方の大半はパート・アルバイト。こうしたツールに慣れていない方も多いですし、システム化のメリットを感じつつスムーズに作業してもらえるようサポートしました。
また、常にモニタリングを行い、不具合やエラーにはすぐに対処するようにしていました」
蓄積されるデータからシステムの不具合に対処するとともに、現場で一緒にエラーの原因を探る、効率的な使い方や機能を伝えるといった取り組みも奏功。目視で確認し、手入力でデータ化していた賞味期限管理がハンディターミナルでの読み取りと日時データの自動蓄積・出力に置き換わったことで、労働時間月135時間の削減という大きな効果を生み出しました。
実績分析システムは、データ分析プラットフォーム「Qlik Sense(クリックセンス)」とコープ九州事業連合で共同開発・運営する基幹システムをつなぎ、分散している情報を集約して取り出せる仕組みを構築。夜間の自動処理で分析データを生成し、集計作業は週3時間削減されています。さらに、廃棄は0.1%、人事生産性は6%改善されるという効果も得られています。
※JANコード:Japanese Article Numberの頭文字。日本国内で商品識別に使用する、13桁の数字で構成されるバーコードの一種
予測の3倍の効果を生んだ、経験からの教訓と支援制度活用
驚くことに、賞味期限管理システムによる月135時間の削減効果は、事前予測の3倍に相当するのだそうです。
宇良さん
「賞味期限がある程度長い常温品での使用を想定していましたが、ハムやソーセージなどの冷蔵品も対象となり、効果が大きく現れました。現場からは『作業が楽になった』『初心者も簡単にできる』と好評ですし、ヒューマンエラーも大幅に減っています」
大きな効果を生み出したのは、開発運用体制・仕様決定段階での入念な準備、現場への手厚いサポート、エラーや不具合への迅速な対応など、現場を第一に考えたシステム開発・導入・運用の体制。その背景には、宇良さんのこれまでの経験で得られた教訓がありました。
宇良さん
「これまで経験してきたシステム導入ではうまくいかなかったこともたくさんあり、失敗から学んだ形です。プロジェクトの遅れや質の低下を防ぎ、推進力を高く保つために、プロジェクトの人数を絞って「誰がやるのか」という責任の所在を明確にすることや、こまめな進捗確認から遅延している場合の対処を素早く行うことを心がけていました。
また、現場では初動が本当に大切。最初でつまずくと苦手意識が強く出て、使ってもらえない、といった事態も起きかねません。一度に全店に導入するのではなく、まずはスモールスタートで運営が安定している1店舗でテスト導入を行い、実際に使用してみなければわからない不具合などもある程度解消したうえで、全店舗に広げました。構築したシステムが最大限効果を発揮して現場の負担を軽くできるよう、サポート体制を充実させて臨みました」
さらに支援制度に付随するサポートからも学ぶことが多かった、と宇良さんは振り返ります。
「費用負担の軽減はもちろん、事業運営を担うISCOからのサポートも大きく、社内だけで取り組む場合に比べ、より着実に、効率的にプロジェクトを進めることができました。WBS(※)などプロジェクトを進めるスキルも学ぶことができ、得たものは大きいと感じています」
※WBS:Work Breakdown Structure(ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー)の頭文字。プロジェクト管理のため、全体を作業単位に分解して構造化する手法。進行状況を視覚化し、効率的に管理するためのツール
DXは、小さなデジタル化成功事例と未来のビジョンから
実績分析システムによるデータ利活用の効果は予想より大きいものとなり、新たな企業風土の形成にもつながっています。
宇良さん
「簡単に、短時間でデータを取り出して分析し、計画に生かせるようになりました。さらに、週3時間労働時間を削減できたのは本部で企画に携わるメンバー。新企画やレシピ考案などに集中でき、全店に効果が波及しています。
また、判断基準が人の経験や勘からデータにシフトし、データに基づいて判断する企業風土が形成されつつあると感じています」
値引や廃棄を極力抑える惣菜製造のため、100を超えるレシピもデータ化。惣菜コーナーに設置したAI カメラによる客数と売上の関連性についての調査も開始しました。導線分析などから得られるニーズの高い時間帯に合わせた出勤シフトの変更、細かな製造数の変動に対応できる原材料パックの小ロット化といった調整も併せ、取り組んでいく考えです。
賞味期限管理システムに関しては、現場への定期的な聞き取り結果からアップデートが進行中。現在は、過去や10年以上先といったありえない日付が入ってしまった際のアラート機能、取扱終了商品の除外操作の簡略化に加え、チェックリストへの商品棚名や番号、商品バーコード記載によるさらなる効率化といった改善に着手しています。
データ利活用もさらに充実させ、製造計画や発注まで自動化できる体制を実現すべく、先進的な取り組みを行っている県外の生活協同組合への視察なども計画し、2025年の本格始動に向け準備しているということです。
DXにはITと業務双方の知識・経験をバランスよく兼ね備えた人材が欠かせず、経営陣があるべき姿を描きながらキャリアパスを組んで人材を育てていくことが必要、と話す宇良さん。その進め方については、次のように考えているそうです。
宇良さん
「DXは経営変革をもたらしますが、短期間で華々しい変化を生むものではなく、小さなデジタル化を積み重ねて成功事例を生み出し、地道に企業風土を変えていくことが必要です。顧客の満足度向上や職員の処遇改善、リスク対策など、どれをとっても今後のデジタルでの対応は避けられません。その重要性を認識して1日も早く取り組むことが大切だと思います」
デジタル対応が難しい顧客向けの紙や電話での注文対応などの対応窓口も維持しつつ、業務効率化やデータ実績に基づく意思決定の定着を目指すコープおきなわ。堅実に歩むその先には、経営変革という未来も見えてきているかもしれません。