- 事例紹介
- IT活用
那覇市に本社を構える大同火災海上保険株式会社は、日本で唯一地方に基盤を置く損害保険会社です。1950年に米軍施政権下の沖縄で誕生した琉球火災海上保険株式会社を前身とし、1971年から現在の形に。保険事業を通じて沖縄の復興、経済発展に密接に関わってきました。
1975年にメインフレーム※1)大型コンピューターを使用した最初のシステムを稼働させ、定期的にメインフレームの入れ替えを繰り返していましたが、2017年、5年後(2022年)に迫った機器入れ替えを前に、これからの時代に対応するため、基幹システムの刷新を目指しメインフレームからの脱却を決断。DXの推進に踏み出します。
その立役者である5人、常務取締役の阿波連宗哲(あはれんむねてつ)さん、情報システム部の石垣正彦(いしがきまさひこ)さん、前原潤(まえはらじゅん)さん、儀部頼之(ぎぶよりゆき)さん、比嘉岬(ひがみさき)さんにお話を伺いました。
※1 メインフレーム:大きな組織・企業の基幹情報システムに使用される大型コンピューター
BEFORE & AFTER
- 3年でのメインフレームからの脱却を計画。「契約管理システムの機能拡張」「新たな保険金管理のシステム構築」「マイグレーション」の3プロジェクトを2022年12月までに完了。システム処理コスト30%削減、全帳票の電子化、運用処理自動化を行い、攻めと守りのコスト構造を4:6へ転換する変革を成し遂げた
時流に合わせ、メインフレームからの脱却を現場から模索
2017年、大同火災の情報システム部では、会社の行く末を左右する大きな決断が下されようとしていました。
メインフレームの入れ替えを2022年に控え、これまで通り継続してメインフレームを利用するか、もしくは思い切ってメインフレームで稼働している基幹システムにメスを入れてサーバー系システム(※2)に移行するか。
当時情報システム部長の職にあった阿波連さんは次のように振り返ります。
「当社のシステムはメインフレームとサーバーの二つの環境で稼働していました。メインフレームは約50年前からアップデートを重ねてきたもので、プログラムはブラックボックス化し、維持管理にもコストがかかる構造。また、現在技術者が減少している開発言語COBOL(コボル)が多く使われており、今後も長期間使用を続けるのは難しいと感じていました」(阿波連さん)
そのほかにも、従来のシステムではインターネット環境への接続や帳票出力など様々な面で制約が多く、利便性が低いことが課題となっていました。
システム管理課統括主任の比嘉さんは、独自のOS、ハードという状況はもちろん、人材の面でもパートナー会社に依存せざるを得ない状況を変えたいと感じていたと語ります。
「人事異動もあり、部内にシステムに強い人材が長くとどまるとは限りません。そのため通常では、パートナー会社へ当社ビジョンを伝え、提案いただいた内容をもとに社内レビューを行い、具体化しながら改善を図っていました。しかし、この時期は経験豊富なメンバーに恵まれたタイミング。情報システム部発信で改革の方向性を示せるチャンスだと感じました」(比嘉さん)
メンバーに恵まれたタイミングに加え、サーバー系システムへと動く時代の流れも鑑み、経営判断を待たず現場主導でメインフレーム脱却を模索することを決めた情報システム部。
基幹システムを刷新するには「契約管理システムの機能拡張」「新たな保険金システム構築」「マイグレーション(※4)」の3つのプロジェクトを並行して進める必要がありましたが、マイグレーションプロジェクトの委託先は委託範囲やコスト面からなかなか決まらず、走り出しの段階から一筋縄ではいきませんでした。
そこで、マネジメント支援などで長く取引があったパートナー会社にマイグレーションプロジェクトのパートナーとなりうる会社がないか打診。すると「自信を持って紹介できるのは私たちの会社」という回答でした。損害保険システムに特化し、開発実績も持つ会社だったことから、委託へ向け調整。詳細を固め、委託先として内定したのは2018年10月のことでした。
プロジェクトの前段階として、マイグレーションの実現性を調査するため、テスト的に一部システムを移行します。その結果を踏まえ、経営層の承認を得て正式にプロジェクトが発足したのは2019年4月。スピード発進の裏側には、3年後の2022年に迫っていた機器・システムの更新と、もう一つの大きな要因がありました。
※2 サーバー系システム:機器やソフトウェアの接続や組み込みに必要な手順、仕様が公開されているコンピュータシステム。メーカーに縛られず価格や性能から自由に組み合わせることが可能
※3 マイグレーション:本記事ではメインフレーム環境で動作するCOBOLなどのプログラムをサーバー環境で動作させるために必要な修正や開発作業を指す
"2025年の崖"の危機感を全社で共有し、経営層が動く
他損害保険会社ではデジタル化が加速し、ペーパーレス化やタブレット使用も進みつつあります。デジタル化やDXを進めるべきとの認識はありつつも、インフラ機器類の長期停止リスクへの対応、他プロジェクトなども同時進行させなければならず、プロジェクト体制と開発コストが高いハードルとなって大同火災の前進を阻んでいました。
2018年10月、経済産業省が発表した「DXレポート」の中で示された「2025年の崖」問題(※4)は、衝撃をもって受け止められるとともに、大同火災のDXを大きく後押しすることになります。
「方向性は間違っていない、と感じ、経営会議での提案の際にもDXレポートを参考資料として添付しました。あのタイミングでDXレポートが発表されていなければ、経営判断にはもっと時間が必要だったかもしれません」(阿波連さん)
情報システム部の感じていた危機感は、DXレポートによって全社レベルで認識され、共有されるものになりました。阿波連さんは、2016年度~2018年度のI T戦略の振り返りを行い、そこから得られた課題を整理。解決に向けた計画を2019年度~2021年度のIT戦略として取りまとめ、デジタル技術活用に向けた基盤整備の3年間と位置づけました。
その中で、最優先すべき施策の一つとして「メインフレーム脱却」を掲げて経営陣に提案。実現に向けて、「契約管理システムの機能拡張」「新たな保険金管理システムの構築」「マイグレーション」プロジェクトを順次発足し、取り組みを開始します。
※4 2025年の崖:2018年に経済産業省が発表した「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」の中で示された考え。
DXに向けた経営改革を成し遂げられない場合、DXを実現できないだけでなく、2025年以降、日本全体で毎年最大12兆円の経済損失が生ずる可能性について警鐘を鳴らす内容
デジタル化を目指し多くのプロジェクトも同時発進。「無茶な計画」の声も
この時期、メインフレーム脱却のためのプロジェクトのほか、現行システムの保守も並行して進める必要がありました。
「現行システムの保守に加え、メインフレーム脱却を見据えてサーバーインフラの更新や、複数の自動車契約システムの統合のほかシンクライント(※5)環境の構築、グループウェアの刷新、デジタル基盤の整備・強化のため、同時期に大規模な複数のプロジェクトが並行して計画されていました」(比嘉さん)
そのため、当初は部内からも「この要員で本当にできるのか」という不安の声が聞かれ、中には人事課に「無茶な計画ではないか」と相談に行くスタッフもいたほど。
「過去にはもちろん、未来にもこのような計画を立てることはもうないだろうと思っています」という阿波連さんの言葉からも、プロジェクトの難しさ、情報システム部にかかっていた重圧がうかがわれます。
大同火災の基幹システム開発に複数のパートナー会社で取り組むのは初めてのこと。短期間でメインフレーム脱却を成し遂げるためには、大同火災と開発パートナー3社、帳票出力のための印刷業務パートナーを含めた5社の間で良好なコミュニケーション関係を構築することが必要不可欠でした。
次回では大同火災情報システム部がどのようにそのプロセスを進めたのかを紹介します。