- 事例紹介
- IT活用
人口10万人当たりの薬剤師の数が全国で最も少ない地域である沖縄。調剤薬局ではデジタル・IT活用による効率化も急務となっていますが、薬歴などの個人情報を守るための情報セキュリティ、帳簿類の保管を紙ベースで求められることなど多くの壁があり、なかなか進みづらいのが現状です。
豊見城市を中心に、7カ所の調剤薬局を運営する株式会社ジーセットメディカル(以下、ジーセットメディカル)は、「薬剤師が患者対応に集中できるように」と、様々な業務のシステム化、LINE処方箋受付の導入など、時代のニーズを先取りする形で職場環境を整えてきました。
2023年1月には、沖縄県内初となる調剤ロボットも導入。あいらんど薬局 豊見城中央病院前店およびあいらんど薬局 友愛医療センター店2店舗で運用し、約1年半が経過しています。
新しい時代の薬局のあり方を模索するジーセットメディカルで、様々なツールの導入・浸透・活用を支えるキーパーソン、取締役事業本部長の根岸康雄(ねぎしやすお)さん、薬事IT部長の長谷川幸司(はせがわこうじ)さんにお話をうかがいました。
より高いサービスの実現を目指し、積極的にデジタル・ITツールを活用
ジーセットメディカルは、予防医学の観点から患者の健康維持をサポートする「寄り添い型医療」を特徴とし、「予防と治療」に注力した丁寧な調剤・服薬指導をはじめ、病気やけがの予防に関する啓発活動も多く行っています。そうした活動を可能にしているのは、「人口減少」という社会の抱える課題の解決策として、また、正確性や効率化が働くスタッフや患者のメリットになるという経営者の思いから、1998年の設立当初から取り組んできた機械化やデジタル・ITツールの活用です。
根岸さん
「弊社代表は東京や大阪などで行われる医療系DXの見本市などにも毎年必ず足を運んでいます。15年前、市場に出始めの薬剤ピッキング監査システムを、10年ほど前にはあるメーカーの錠剤一包化監査機システム(※)のシリアルナンバー001号機(日本生産第一号機)を導入したこともあり、新しい技術には非常に関心が高く、活用にも積極的です」
待ち時間は極力少なく、投薬前の監査や薬歴チェックに時間をかけ、相談対応を充実させて質の高いサービスを提供したい。
そのために、オペレーションは正確に、誰もが簡単にできる内容にし、薬剤師でなくとも可能な業務は機械や調剤助手といった人材に任せたい。
ジーセットメディカルは、「患者に寄り添い、健康をサポートする」という薬剤師の本質を経営の軸にすることで、必要性が叫ばれるはるか以前からデジタル・IT活用を進め、自ずとDXへの道を先取りしてきたのです。
こうした取り組みをさらに加速させたのは、薬局に患者が入れず車まで走って薬を届ける日々の中、自宅待機者も多く出しながら全員で力を合わせて乗り切ったコロナ禍でした。根岸さんは、薬剤師に求められる役割が大きく変化し、今後も変化していくことを強く意識したといいます。
根岸さん
「薬剤師でなくとも可能な業務はすべて他に任せられる環境を作り、より薬剤師が患者さんへの対応に集中できるようにしたいと考えました。また、コロナの影響などで医薬品の供給が不安定になったこともあり、過剰在庫や品切れを起こさず安定供給できる体制を整えることも課題となりました」
コロナによって見えてきた課題。以前から取り組んできた機械化、カルテ・保険情報の店舗間共有などに加え、さらなる取り組みが進められることになりました。
※錠剤一包化監査システム:飲み間違いや飲み忘れを防ぐため、同じタイミングで服用する複数の薬をパックにまとめるのが「一包化」(上記写真参照)。一包化された薬の形・色・大きさ・印字・刻印を一錠ずつ判定し、処方箋と照合するシステムのこと
使いやすさとわかりやすさを追求。顧問契約SEとLINE処方箋受付システム開発
コロナ禍の2020年、ジーセットメディカルは、薬局内での待ち時間を短縮し、患者の利便性向上と感染リスクの軽減を実現するため、オリジナルLINE処方箋受付システム開発に取り組みます。システムエンジニア(SE)との外部契約を結んだのは、より使いやすさを追求したいという思いからでした。
長谷川さん
「既存のシステムもあるにはあったんですが、処方箋を送信するまでのタップ数も多く使いにくかったんです。また、コロナ禍の中、薬局内の滞在時間をなるべく減らしたいと考える患者さんを相手に、アプリのインストールを促したり、説明したりとなると大変ですよね。そんな時、代表の『LINEなら皆使っている、それでどうにかできないか』という言葉からLINEを利用して開発する方向へ舵を切りました。写真を撮って送るだけのシンプルな操作性にこだわってSEさんに構築をお願いしました」
完成したLINE処方箋受付は、画面から友達登録を行い、病院で受け取った処方箋を撮影、送信するのみの簡単な操作。調剤が終わるとLINEで通知が届き、薬局内で待つことなく処方箋や保険証を持参して受け取れる仕組みが2020年11月に完成しました。
友達登録と写真撮影、数タップで処方箋を送信できる仕組みは年齢に関係なく受け入れられ、登録者は5,000人超、月間約1,000件の処方箋がLINE経由で届くようになっています。
さらに、2024年2月からは同じくLINEを使用したオンライン服薬指導も開始。スマホがあればいつどこにいても指導を受けられるようになりました。併せて薬の配送サービスも開始することで、薬局内での滞在時間をさらに少なくし、患者の利便性を高めています。
現在は窓口での支払いが必要ですが、クレジットカード決済の導入に向けた準備も進んでおり、来局不要で薬を受け取れる仕組みが実現する予定です。
その他、各店ばらばらだった在庫管理システムの統一によるリアルタイム化・店舗間在庫移動の開始、Google Workspace導入による社内情報共有のクラウド化と勤怠管理のシステム化、薬剤監査システムのクラウド化・画像データ保存による確認作業の効率化も実施。
様々なツールの導入・浸透に力を尽くし、SEと現場をつなぐ窓口としてもなくてはならない存在だった長谷川さんが初代部長となる薬事IT部も2022年に創設され、薬事に関する法律を遵守しつつ、さらなるデジタル・IT活用を推進する体制を強化していきます。
1日半の研修で皆が使えるように。「使いやすさ」を軸に選んだ調剤ロボット
「薬局の管理部分で必要なシステムはほぼ入ったのではないか」というところまでデジタル・IT導入を進めてきたジーセットメディカル。現場の負担軽減とサービス向上につながるのでは、と目を引いたのが、処方箋のデータから薬剤のピックアップ、入出庫などを自動で行う調剤ロボットでした。
本体が数メートルにおよぶ調剤ロボットは、既存店舗への導入では大がかりな改装が必要となってしまいます。当時移転オープンを控えたあいらんど薬局 豊見城中央病院前店、新規オープン予定のあいらんど薬局 友愛医療センター店では設計段階からの計画が可能であることから、導入が決定しました。
本体を持ってきて比較検討するわけにはいかず、長谷川さんは動画を含め様々な資料を集めて各薬局長やスタッフたちにも共有。意見や質問にしっかりと耳を傾け、メーカーへの質問なども行いながら機種を絞り込んだそうです。
候補機種決定後は、当該調剤ロボットが実際にどのように動くのか、機能・速度や操作性を確認するため、福岡や大阪まで導入済店舗の見学にも出向きました。
長谷川さん
「福岡の薬局さんでは、約半日お邪魔してじっくり見学させていただきました。メーカーの担当者にも同席してもらい、事前に準備したちょっと意地悪なチェックリストでカタログ通りの性能なのかを確認したり、質問したり。ストップウォッチも持参して、何分で何人分の処理が可能なのかも計りました。
日本で初めて調剤ロボットを入れた大阪の薬局は、店外から観覧できるようになっているため、どんな動きをするのか、コーヒーを片手に長時間観察させていただきました」
約1年の綿密な準備期間を経て、導入が決まったのはドイツ製の「BD Rowa Smart」。
他機種に比べて操作数が少なく、スムーズで簡単な点、日本国内で多くの導入実績がある点、高い耐久性や災害への備えが十分になされている点が決め手となりました。
導入に際しては、「全員がオペレーターになれるように」という方針のもと、全店舗から薬剤師はもちろん調剤事務スタッフも集めてメーカーによる研修を実施。導入前の意見交換や、こだわった「簡単さ」といった準備がものをいい、参加者全員が問題なく操作できるまでに要した時間は1日半程度だったのだそうです。
IT・デジタルツールの効果を最大化するために必要な2つのこと
2023年1月から、調剤ロボットは大きな混乱なくスムーズに稼働しています。導入前に見込んだ「薬剤師0.5人分+調剤事務スタッフ1名分」という数字的な効果はもちろんのこと、これまでに取り組んできた様々な作業の機械化、IT・デジタルツール活用との相乗効果で、待ち時間の短縮、服薬指導の充実、使用期限を含めた在庫管理の負担軽減にも大きな成果をもたらしています。
根岸さん
「もともと、1枚の処方箋に最低でも7名のスタッフが関わり、間違いがないようチェックを行うのが調剤薬局の仕事。たくさんの人の手と目が必要な仕事だからこそ、その工程の一つひとつをシステム化していくことは効率化や正確性の向上といった大きな成果につながります」
IT・デジタルツールを使うことで得られる成果は使い方でいくらでも変わる、スタッフのITに関する知識の深まりやコミュニケーション活性化など、想定外のメリットを得られることも多い、と語る根岸さん。
様々なツールを現場にしっかりとフィットさせ、活用の成果を大きく育ててきた長谷川さんが大切にしているのは、まず「使いやすさ」だといいます。
長谷川さん
「ツールの導入や開発に際し、まず考えるのは誰にとっても使いやすいかどうか。SEさんも『患者もスタッフも使いやすいシステムでなければトラブルが起きてしまう。使い倒せるシステムでなければいけない』と常々言っていますが、その通りだと感じています。私たちはつい色々と機能を足したくなったりするんですが、そうではなく、絞り込んで操作をシンプルにすること、シンプルで誰にでもわかりやすいものを選ぶことが大切です」
また、新しいツールやシステムを導入する際に絶対に避けたいのは、「自分には関係ない」と考える人が出てしまうことだと語る長谷川さん。そのために、導入検討段階からスタッフに声をかけて様々な声を聞き、現場の抱える課題感や求める機能を明確にするなど、準備に多くの時間をかけています。
長谷川さん
「新しいものを導入する時には、現場で皆で取り組んでいる雰囲気が必要なんです。中心になる人はもちろん出てきますが、誰かに『関係ない』と思わせてしまうのがいちばん良くない。そのために、導入するものを決める前に、スタッフに色々と意見を聞きます。事前の準備にしっかり時間をかけて、現場が求めているもの、本当に使えるものを選ぶことができれば、導入後に大きな問題が起きることは少ないと思います」
今後、マイナンバーカードの健康保険証利用(マイナ保険証)、電子処方箋への移行でさらに進むオンライン化。病院の近くなら一定の利用者を見込めるという立地の優位性がなくなっていく未来を見据え、長谷川さんは「選ばれるための差別化が必要」と前を向きます。
意欲的なトップのもと、「仕事の魅力を高めることで薬学生のUターン・Iターンを活性化させ、人口当たりの薬剤師が全国一少ない沖縄の課題解決に寄与する」という目標も掲げるジーセットメディカル。さらなる先進的な取り組みで、新たな薬局のあり方を見せてくれそうです。