- 事例紹介
- IT活用/データ活用
沖縄伝統の陶器『やちむん』の産地・那覇市壺屋で7代続く窯元である育陶園。2022年には、小規模事業者等IT導入支援事業(現・小規模事業者等デジタル化支援事業)でクラウドPOSレジを導入し、棚卸し作業の業務効率化、ECサイトの売上5倍といった大きな効果を得ています。
2022年取材記事:棚卸しの悩みを解決、スタッフの売上意識も育てたクラウドPOSレジ
前回取材から2年。育陶園はデジタルツールの活用による業務効率化を土台に、収集したデータの分析・活用による高付加価値化や新事業への展開へと踏み出しています。
歴史ある窯元という伝統工芸の場で、デジタル・ITツールはどのように活用され、また、どんな効果をもたらしているのでしょうか。前回に引き続き、販売部部長兼ブランドマネージャーの高江洲光(たかえすひかる)さんにお話しいただきました。
コロナ禍で導入したデジタルツールを土台に、新業態の店舗展開も実現
前回取材はコロナ禍真っ只中の2022年。クラウドPOSレジ導入で実現した業務効率化とスタッフの意識変革を土台に、育陶園は着実に成長を続けてきました。
2020年末にオープンしたEtha(イーサ)は、「沖縄がもしヨーロッパの影響を受けていたら?」という興味をそそるコンセプトとスタイリッシュなフォルムが人気を呼び、高価格帯ながら入荷待ちも続出する人気ブランドへと成長しています。
2023年には、壺屋やちむん通りに初の業態であるセレクトショップ兼カフェnan*ne(ナンネ) をオープン。自社の器を使い、素材にもこだわった沖縄そばやドリンクを味わう体験を通して、より印象を深め、多くのファン獲得を後押ししています。
器の持つ魅力を引き出し、どう使うのかをイメージできる写真や文章に力を入れて運用してきたInstagramのフォロワーは2年間で9,000人から12,000人に増加しました。
スタッフは7名増えて37名に。10年ほど前から進めてきた生産工程の分業化なども功を奏し、有給休暇の消化率は100%。給与のベースアップやボーナス支給も実現しているそうです。
こうした成長を支えているのは、クラウドPOSレジの導入で実現した業務効率化と売上データの蓄積・分析。バーコードから自動で入力される価格や品名に加え、購買客の年齢層や性別、県外・県外・海外といった属性もレジに立つスタッフが入力することで、「いつ、どんな人が、何を買ったか」というデータも収集し、売上予測や製造指示、季節限定商品開発などに役立てています。
高江洲さん
「クラウドPOSレジの導入で業務効率化が図られると同時に、売上データから店舗ごと、月ごとなどの販売傾向なども掴めるようになりました。リアルタイムで売上などのデータを見られるので、スピーディーな経営判断にも役立っています。
属性データはスタッフの目視判断で、レジが混み合う際には入力が難しくなる場合もあって100%取得できてはいませんが、店舗ごとの顧客の特徴や購買傾向を知るための大きな手がかりになっています」
外部専門家の力を借りてデータを分析・活用。原価計算も一から見直し適正価格へ
こうしたデータの分析に、育陶園は外部専門家の力を大いに活用しています。
いったんExcelに落とし、専門家による毎月1回のコンサルティングに活用。基本的には代表の新垣若菜(あらかきわかな)さんと高江洲さんが参加し、必要に応じて工場長や店舗スタッフが同席する場合もあるそうです。
「前年同月のデータをもとに工房への製造発注書を作成し、1,000種類ある商品の売上上位100品目を抽出し、製造数を増やすことも行っています。
コンサルを受けるまでは、データから何となくの傾向は掴んでいましたが、活用するには至っていませんでした。指導を受けて初めて、どうしてこの商品がこの月に売れるのか、どうしてこの月は売上が高いのか、といったことを考える視点を持つことができました」
2022年末には、今後も続くであろう原材料費の高騰や人件費の上昇を見据え、細かな作業時間なども含めて原価計算をやり直し、値上げにも踏み切りました。
高江洲さん
「これまではざっくりとした原価計算で価格を決定していましたが、コンサルの方の助言を受けて取り組みました。成形はもちろん、線彫りや絵付け、焼き上げるために窯に並べる窯詰(かまづめ)作業など、商品を作って店舗に並べるまでに、何にどれくらいの時間がかかっているのかを細かく計り、割り出したんです。『こんなに時間をかけて作っていたんだ』『原価割れした価格で販売していた』といった驚きの連続でした」
POSレジで収集したデータに専門家の力をかけ合わせ、分析・活用にまで踏み出すことで、売れ筋商品の把握や的確な製造計画、適正な価格設定などが可能になっています。
最近では、生成AIの活用も開始。取引先や顧客とのやりとりが長文になる場合、添削にChatGPT(チャットジーピーティー)を使っています。誤字脱字のチェックや対象者に合わせた表現への変更など、正確で効率的なやりとりをデジタルの力で実現しています。
伝統工芸とテクノロジーは相反しない。工房内では3D CAD・プリンターが活躍
育陶園のデジタル・IT活用は、事務や経理にとどまらず、工房内でも進んでいます。
時には相反する構図でも語られる伝統工芸とテクノロジー。職人の技が受け継がれるやちむんの世界で、どのように導入・活用されているのでしょうか。
高江洲さん
「1年ほど前から、水を加えて液状にした陶土(とうど※1)を型に流し込み、形を作る『鋳込(いこ)み』という方法を採用していますが、その型の作成は3D CAD(※2)と3Dプリンター(※3)を使って行っています」
職人やデザイナーによるイメージ画やサンプルをもとに3D CADで設計、3Dプリンターで出力してオリジナルの型を作成。器の一部に面取り(めんとり※)を施すような、ろくろでは表現できない、もしくは非常に難しく時間がかかる形を作るため、一部の器に活用しているとのことです。
鋳込みの技法は古くからありますが、壺屋焼では用いられず、沖縄県内でもあまり普及していません。連なった型に液状の陶土を流し込んで成形することから機械的なイメージを持たれやすいことに加え、県外では大量生産を目的に用いられることも多い技法。ろくろ技法に誇りを持つ職人たちをはじめ、経営陣にも当初はかなりの拒否感があったと言います。
それを変えたのは、コンサルを受けたことがきっかけで参画した、日本の伝統工芸を未来につなぐ活動を行う『日本工芸産地協会』などを通し、積極的に様々な工房とつながり、交流したことでした。
高江洲さん
「私自身にも鋳込みは大量生産のための方法、という思い込みがありました。でも、色々な伝統工芸の産地と交流する機会を得、工房を見学させていいただく中で見えてきたのは、均一な形と数ではなく、複雑なイメージを表現することや鋳込みでしか作れない作品を求めて導入している姿。人の手で行うものづくりに変わりはなく、決してろくろの技法に劣るものではない、と考えを改めることができました」
最初は首を傾げていた職人たちに「大量生産の道具ではない」「作れる形、表現できるものを増やすために使いたい」「新しい取り組みに挑戦しなければやちむんを次世代に残せない」と丁寧に伝えることで理解が深まり、導入することに。ろくろでは作れない、これまで壺屋にはなかった新たなフォルムのやちむんが少しずつ生まれています。
そのほか、従来目分量、熟練職人の手の感覚で配合していた釉薬のデータ化も実施。
天然素材を使用するため避けては通れない発色のむらの出現数を抑え、レシピとして可視化することで、B級品の数を最小限に抑え、非熟練者でも配合できる体制も整えました。
※1 陶土:陶磁器の原料になる粘土
※2:3D CAD Computer Aided Designの略。3次元(3D)の立体データで設計物を表現する設計支援ソフト
※3:3Dプリンター 3Dデータをもとに、2次元の層を積み重ねて立体を造形する機器。製造業を中心に様々な場面で活用されている
※4 面取り:器の表面を一定の間隔で縦方向に削り、多面体にする技法
すべては壺屋の景色と伝統技術を守り、伝えるために
現在やちむん作りに携わり、ベテランと呼ばれている職人は、得られる金額の大小を顧みず、親方に弟子入りして昼夜を問わず技術の習得に熱意を傾け、修行してきた方々。環境や時代の変化に伴い、そうした学び方、働き方が難しくなっている現代において、古くからの技術を守り伝え、発展させていくためにはどうすればいいか。これは、沖縄のやちむんに限らず、日本のあらゆる伝統工芸が共通して抱える課題ではないでしょうか。
一人の職人がすべての工程を担うイメージも強いやちむん作り。育陶園はろくろ、絵付けといった各工程に継承されてきた高い技術を次世代へ残すためにも、十数年前から綿密なコミュニケーション、情報共有を図りつつ、チームでのものづくりに力を注いできました。さらに、職人が作陶以外の作業にかけている時間を記録し、他部署でも対応できる役割は皆で分担していく工夫で、職人が「作ること」に意識も時間も集中できる環境構築にも注力しています。
そうした取り組みにIT・デジタル技術が加わったことで、高付加価値化・効率化が加速し、ベースアップやボーナス支給といった成果につながっているのです。
高江洲さん
「ものづくりに興味を持って就職しても、他業種に就いた同級生との給与や勤務体制の大きな差にショックを受けて辞めてしまう若い人たちの姿を見てきました。そんなことが起きないよう、働きやすく休みを取りやすい環境の実現や、ほかの業種に見劣りしない給与を目指していきたいと考えています」
育陶園の掲げるビジョンは、「壺屋の景色を作る」。琉球家屋や小さな商店が並んでいた壺屋の原風景は急速に失われつつありますが、その面影を残す古民家や石垣、石畳、登り窯(※)などを守り、少しでも以前の雰囲気を感じられる場所を次世代へ引き継いでいこうと、やちむん通り会との連携なども深めつつ、様々な取り組みを進めています。
伝統の技術と職人の思いを大切に守り、伝えるために、新たな技術や考え方を積極的に取り入れ、ブランディングや多店舗展開を実現している育陶園。沖縄の伝統工芸のロールモデルと言える存在へとなりつつあります。