- 事例紹介
- IT活用
概要
- システム・サービス名
- Glide(グライド)(※)、非公式南風原(はえばる)町議会アプリ
※Glide=ノーコードと呼ばれる、ソースコードを用いることなくシステム構築やアプリ作成が可能なツールの一種。無料の「Personal App」のほか、データ容量などによって料金が異なる「Pro App」「Private App」「Enterprise Apps」がある
- 内容
- Glideを用いて開発された、南風原町議会の内容や議員情報などがまとめられた無料アプリ
- 対象者
- Glide:専門的なプログラミング知識はないがアプリを開発したい方
非公式南風原町議会アプリ:南風原町の町民
大学受験予備校講師の玉城陽平(たまき・ようへい)氏は、2021年に、生まれ育った南風原町(はえばるちょう)の町議会の議事や議員情報をまとめたアプリ「非公式南風原町議会アプリ」を開発した。同アプリは誰でも無料で利用可能。そこには、町政、選挙への関心を高めることで、良い町づくりのきっかけを作りたいという狙いがある。
IT企業での勤務経験もシステム構築のノウハウも持たない。それでも、ノーコード開発ツール「Glide(グライド)」を使用し、自分自身の手でアプリを作成した玉城氏。テクノロジーを駆使し、地域課題に取り組む姿勢が評価され、地元の新聞も玉城氏の活動を報じた。
シビックテック(Civic Tech)(※)に取り組んだ玉城氏に、「非公式南風原町議会アプリ」に込めた思いと、開発の裏側について話を聞いた。
※シビックテック(Civic Tech)=市民(Civic)が科学技術(Technology)を活用して地域の課題解決を考え、取り組むことを指す造語
「地元に貢献したい」。まずは“町を知る”ことからスタート
私は南風原町出身で、京都大学理学部で数学を学びました。大学卒業後、那覇市の大学受験予備校で数学と理科の講師をしています。東京から戻ってすぐは那覇市で暮らしていましたが、「地元である南風原町に貢献したい」という思いから、地域活動などに参加していました。
2020年、祖父母と同居することになり、南風原町に戻ることに。「町のために何ができるだろうか」と考えたのですが、そもそも地元の情報や現状を知らないことに気付いたんです。そこで、まずは“町を知る”ことからスタートしました。
動機は「町民に町の情報を分かりやすく届けたい」
「町を知るには町政から」と、南風原町のホームページで情報収集を開始。人口数、産業別就業者数、町民所得推移などの統計情報、一般会計予算、議会だより、町民へのお知らせなどさまざまな情報が公開されていました。
しかし、知りたい情報を探すのにもひと苦労で、「分かりやすく整理されていない」と感じました。
さまざまな情報に触れ、南風原町について知るうちに、「南風原町にどうあってほしいのか」「どんな方向に進んでほしいのか」を考えるようになりました。ただ、それは私一人で決めることではありません。町民全員が思い、考え、その声を議員が拾い上げ、議会で議論して町づくりを進める…それこそが本来の町民と議員のあるべき姿だと思うんです。
そのためには町民一人一人に情報が行き届くことが必要になります。ホームページに情報はありますが、「知りたい」と思った情報を探しやすく整理しておかなければ、町政への関心を保つことはできません。結果として選挙離れが進み、議会に町民の声が届かなくなる負のループに陥っていると痛感しました。
「議会の情報を整理して町民に分かりやすく届ける」。それが私にできる南風原町への貢献ではないかと考え、南風原町の情報を整理し、公開するツールを作成することにしたんです。
アプリ制作にはノーコード開発ツールGlideを活用
南風原町議会の情報を整理し、公開する手段にはアプリを選択。これからの町づくりを担う若い世代にとって身近であり、使い慣れているツールだという点からでした。また、いつ、どこにいても手軽に情報を収集できる利便性の高さもアプリを選んだ理由です。
Glideは、以前、予備校での情報管理共有やコミュニケーションに便利なツールはないかと探していて知りました。同僚と試行錯誤しながら業務改善アプリを作った経験もあり、とても使いやすいと感じていたので、迷いはありませんでしたね。
開発時間はわずか25時間、主な作業はデータベース化
アプリ制作のファーストステップは、そこにどんな情報を掲載するかを考えることです。町政について知ってもらうためには「議会で話し合われていること」「各議員が取り組んでいること」を知ってもらう必要があり、それらをまとめて分かりやすく表示したいと思いました。
南風原町のホームページから過去の「議会だより」をダウンロードし、議員情報と質問内容、応答の内容をGoogleスプレッドシート(※)に打ち込み、データベース化。議員の質問内容は、「貧困対策」「学校教育」「子育て支援」といった分類に加え、検索しやすいよう「コロナ対策」「防災無線呼び掛け」「区画整理」などのキーワード設定も行いました。
※スプレッドシート=Googleが提供しているウェブベースの表計算ソフト。Googleアカウントを作成すれば無料で使用できる
議会だよりのダウンロードデータはPDFで、そのままではデータベースとして活用できません。掲載されている質問内容などは膨大で、一つずつスプレッドシートに入力する作業は本当に大変でした。アプリ作成にかかったのは約25時間ですが、ほとんど議会だよりのデータベース化に費やしたようなものです(笑)。
使いやすいUIを大事にしながらアプリのデザインを構築
Glideは無料でも使えますが、2年分の議会データはすでに無料版の範疇を超えており、今後の更新も視野に入れ、「Pro App」プランを利用しています。
アカウント登録を行い、最初にデータベース化したスプレッドシートを読み込み、アプリ内のデザインをします。デザインテンプレートは豊富で、メーカーが提供しているものから、ユーザーが作成して無償提供しているものまでさまざまです。
私はテンプレートを使用せず、自分でデザインしました。意外に簡単にできるので、ピンとくるテンプレートが見つからない場合はチャレンジしてみるのもいいかもしれません。
最初にアプリ上の配置をイメージし、データの一部を使って大まかなボタンの配置などを行います。
UI(※)も大事にしています。目次のような役割を持つタブには、よく使用する「HOME」「一般質問」「議員比較」「声を届ける」「議会のデータ」を設定。常に画面下部に表示し、どのページからもすぐ戻れるようにしています。
Glindはボタンの設置や機能付与が直感的にでき、時間が短くて済むのが大きな特徴。機能のパターンはテンプレート同様にいくつか用意されています。英語表記ですが、見ればすぐに分かるアイコンです(笑)。
例えば、トップページに置いた「定例会の中継をみる」というボタンには南風原町が公開している議会中継のウェブページへのリンク。「声を届ける」にはメールや電話で議員に連絡できる機能。「一般質問」はGoogleスプレッドシートのデータベースからキーワード抽出した内容を表示するよう設定しました。
そして、「議員情報」には全議員の顔写真、年齢、性別、所属などを掲載。「議会のデータ」では議員報酬の比較、年齢分布、「一般質問」では議会での質問とその回答を分野別、議員別、会期別に確認できます。つまり、「分野」で検索すれば南風原町議会で話し合われている内容、「議員」では各議員の問題意識や重視する政策が分かり、「会期」では議論の経緯を追えるというわけです。
※UI=ユーザーインターフェースの略称。一般的に商品やサービスとユーザーの接点を指す。特にウェブページやアプリなどでユーザーが迷いなく使えるUIデザインが重視される
「自分たちの町をより良くするのが当たり前」の社会を実現したい
議会がいつ開催され、何を話し合っているのかわからない。ホームページでは情報が探しにくい。結果、町政への関心が薄れてしまう。そんな悪循環を解決したいという思いから作ったアプリです。
常にユーザーとなる“町民の視点”を忘れず、直感的に情報を探せるよう、ボタンの大きさや設置場所、アイコンも工夫したつもりです。情報を見やすく、探しやすく整理し、使いやすいアプリにすることで、政治について考えるハードルを少しでも低くできていればうれしいですね。
町で何が問題になっているのかを知ることはもちろん、改善してほしいと感じていることを重要課題とし、取り組んでいる議員も探すことができます。アプリを通して町政に関心を持ち、課題に真摯に取り組む議員を知り、投票などで応援してほしいですね。それは町民が自ら町のことを考え、行動するということ。良い町づくりがなされる理想的な道筋はそういうことだと思っています。
Glideは汎用性もあり、全国どの市町村でも同様のアプリを作ることができます。実際にいくつかの自治体からお声掛けいただき、開発に協力させていただいているところです。今後も積極的にこうした活動を通して地域間の連携を進めていきたいですね。
アプリを通して、南風原町から、沖縄県全域、さらには日本中で政治への関心が高まればいいなと思っています。そして、住民自ら町づくりについて考えることが当たり前になることを切に願っています。