- 事例紹介
- 実証事業
概要
- システム・サービス名
- 農作業支援通知システム 農業loT「てるちゃん」
- 内容
- センサーで畑の状況を監視して、異常があったら電話/SMS/メールへ通知。
- 対象者
- 農家
中小企業向けにICTソリューションを提供している株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ。インターネット関連事業を行う同社は携帯電話事業などを手掛ける日本の大手電気通信事業KDDI株式会社の子会社で、1997年に主要事業であるレンタルサーバー事業「CPI」を創業。他にもホームページ作成サービス「ジンドゥー」やクラウドAPIサービス「Twilio」なども提供している。
2021年3月、KDDIウェブコミュニケーションズは農業向けIoT「てるちゃん」をリリース。企画から事業運営まで担当している、同社プロダクトマネージャーの小出範幸氏に、スマート農業参入のきっかけや、システムの特徴、魅力について聞いた。
地方創生プロジェクトの一環として誕生したサービス
株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ・小出範幸氏(以下、敬称略):2017年、弊社が主幹事となって、糸満市をはじめとする沖縄県内5自治体、クラウドサービスを提供する9社と共に、ICTによって地域課題を解決する地方創生プロジェクト「Cloud ON OKINAWA」を発足しました。このプロジェクトには「中小事業者へのITサービス導入」「地域の課題解決」「地域の人材育成」の3つの柱があり、弊社はこれまでに、IT教育、6次産業化、商店街の課題などの解決に取り組んできました。「てるちゃん」もこのプロジェクトの一環として開発されたものです。
小出:地域の課題解決を目指してヒアリングを行ううち、「ビニールハウス内の室温上昇に気付かず、育てていた苗を全滅させてしまった」という話を耳にしました。糸満市役所農政課でこの話を共有したところ、「マンゴー栽培にも似たような課題がある」ということで、すぐにマンゴー農家さんへ連れて行ってくださいました。お話を伺ってみると、「ハウス内の温度を頻繁に確認するために何度も作業を中断しなければならず困っている」というお悩みを抱えていることがわかったんです。
私が日本市場導入時から関わっていたクラウドサービス「Twilio(トゥイリオ)」※を使えば、この課題はすぐに解決でき、作業時間削減、作業効率の大幅な向上を実現できると感じました。こうして、これまで仕事上では縁が薄かった農業分野に携わることになったんです。
※Twilio=電話やSMS、ビデオ、チャット、SNSなどさまざまなコミュニケーションチャネルをWeb、モバイルアプリケーションとつなぐクラウドコミュニケーションツール。
屋外作業中でも見やすく、シンプルな操作性を追求
小出:「てるちゃん」は、畑やビニールハウス内に設置したセンサーが照度・温度・湿度などのデータを検知してクラウドサーバーへ送信。数値に異常があった場合、クラウドサーバー上のアプリから農家さんのスマートフォンや携帯電話にSMSもしくは電話で通知するシステムです。通知機能だけに特化して開発費を抑えたことで、“スマート農業は導入コストが高い”というマイナスイメージの解消もできたと思っています。
しかし、これには大きな欠点がありました。それは、使い手の視点が欠けていて、農業の現場で使うには使いづらいものになってしまっていたこと。当初開発したUI(ユーザーインターフェイス)は直感的に操作できる点は良かったものの、システムエンジニアの視点で開発されていて、使い手の視点が欠けていたんです。
農家の皆さんからヒアリングを重ねる中で、高齢者やインターネットに不慣れな人にとっては使い勝手が悪かったことを痛感し、UIを一から見直しました。まずは文字を大きく、見やすく。カラー配色やコントラストは屋外でも画面が見やすいよう工夫しました。こうして、現在の「てるちゃん」が誕生したんです。
ちなみに、スタイリッシュなネーミングが多いIoTサービスの中で、「てるちゃん」って珍しいですよね(笑)。“てるてる坊主”や太陽が“照らす”の他に、電話を使う・伝えるという“tel”の意味も込めているんです。一度聞いたら忘れられない親しみやすさで、私の名前は覚えてもらえないですが(笑)、「てるちゃん」はすぐに覚えてもらえますよ。
総務省も認めた実証実験の結果
小出:2018年、システム開発のきっかけになった糸満市のマンゴー農家さん、小菊農家さんの協力のもと、「てるちゃん」の実証実験を始めました。
マンゴー農家の課題は、天候が変わるたび、ビニールハウス内の温度確認のために移動しなければならないこと。温度管理が特に重要な時期である2~7月に「てるちゃん」を使った監視を行った結果、温度確認のための移動時間を45%も削減することができたんです。
一方、小菊農家では、小菊に人工的に光を当てて開花と出荷の時期を制御する、「電照菊」といわれる栽培方法に課題がありました。風雨の影響でブレーカーが落ち、光が消えてしまうことを防ぐため、夜中でも定期的に畑を見回る必要があったんです。
そこで、電照が切れると照度センサーで自動的に検知、SMSで通知する仕組みを作り、2018年11月~2019年3月に実験を行いました。その結果、月に6~7時間かけていた深夜の見回りを完全にゼロにすることができました。
これらの実証実験での成果が総務省に認められ、ICTを使って地域の課題解決や活性化につながった事例を表彰する「ICT地域活性化大賞2019」の優秀賞に選ばれたのは、とても光栄なことでした。
そして何より、スマートフォンやタブレットを敬遠し、スマート農業に関心を示さなかったベテラン農家さんたちの大きな変化。電話で使えるシステム「てるちゃん」を知ったことで、スマート農業の有効性や便利さを実感してくれたことは本当に嬉しかったです。
ITを利用することで品質・生産効率向上が実現できることが伝わり、次の一歩につながる可能性も大きく広がっていると感じます。
多くの農家がITに興味を持てば、農業全体が良い方向へ動く
小出:「てるちゃん」の実証実験に参加し、実験終了後導入して下さった、糸満市で小菊栽培を行う大城太志(おおしろ・ふとし)氏は、糸満市内の複数の場所に、延べ3,000坪もの小菊の圃場(ほじょう)を所有しています。導入前は、自宅から車で10分ほどの圃場を、3日に一度、毎回40分ほどかけて見回っていたそうです。
大城太志氏(以下、敬称略):体力的にはもちろんですが、プライベートな時間でも「電照が切れていないか」と気が休まらず、精神的負荷を感じていました。糸満市役所の経済観光部農政課の担当者からの「地域の問題点を聞き取っています。何か困っていることがあれば教えてください」という連絡をきっかけに、「てるちゃん」を知り、実証試験に参加することに。
大城:電照の見回りは当たり前の作業だったので、負担は感じつつ「問題」という意識はなかったんです。「てるちゃん」導入で月6~7時間の作業が削減でき、さらにスマートフォンでいつでも状況を把握できるので本当に安心です。四六時中気を張らずにすみ、精神的な負荷も大きく減りました。
大城:農業のIT化に興味はあったんですが、金額面で躊躇していましたね。「てるちゃん」は低コストなうえ、1台目は全額糸満市からの補助が受けられるということで、導入にハードルはかなり低くなりました。「てるちゃん」をきっかけに農業にITがどんどん普及し、皆さんが抱えるいろいろな悩みが解決できればいいなと思います。たくさんの農家さんがITに興味を持ち、導入に踏み出すことで、圃場を増やしたり農作物の質を向上させたりといったことも可能になります。そうすれば、農業全体がより良い方向に進んでいくと思うんです。
沖縄発のスマート農業「てるちゃん」を全国に広げたい
小出:「てるちゃん」開発当初は知らないことばかりだった農業ですが、実証実験や導入して下さる農家さんを通じ、さまざまな課題を把握できるようになりました。スマート農業をもっと活性化し、国内の農作物の品質向上、さらには食料自給率を高めたいと考えています。そのステージに進むためにも、まずは「てるちゃん」を沖縄発のスマート農業として全国に普及させることが当面の目標です。
近い将来、全国の農家の方々が「てるちゃん!」と親しみを込めて呼び、利用して下さる風景を実現できるよう、がんばります。
株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ
代表:代表取締役社長 山崎 雅人
住所:東京都港区南青山2-26-1 D-LIFEPLACE南青山10階
事業内容:クラウド・ホスティング事業、ウェブサービス事業、プラットフォーム事業