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離島・宮古島の自動車整備工場が取り組むDX【株式会社東和】
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宮古島で自動車の販売・整備を手がける株式会社東和(通称ロータス東和オート、以下東和)は1977年創業。全国約1600社の自動車整備業者から組織されるロータスクラブの沖縄支部に所属しています。2018年に有限会社から株式会社へと法人変更し、2019年には宮古島市エコアクション・カンパニー シルバースターと事業継続力強化計画認定、2021年には健康経営優良法人認定も受け、注目を集めています。
こうした取り組みを進めているのは、父親から事業承継し、二代目の代表取締役社長となった新城浩司(しんじょうこうじ)さん。新城さんは、、ロータスクラブ本部(東京)にて会⻑直轄組織である経営研究室にも抜擢され、DX推進担当リーダーとしてグループ全体のDX推進にも大きな役割を果たしています。
様々なITツールを活用し、業務の効率化・生産性向上への取り組みを通してDXを実現しつつある東和。その裏側にあるのは、社員がDXを自分ごととしてとらえ、主体性を持って取り組む環境を作り出す様々な工夫でした。
「社内DXをどのように進めるべきか」。新城さんのお話から、その答えが見えてきます。
転職までの期間限定で入社。気づきと反省のもと、事業承継へ
東京でファッション関係の仕事に従事し、ヘッドハンティングされるほど結果を出していた新城さん。宮古島へ戻ったのは、転職するまでの期間、知人のホテル開業を手伝うため石垣島へ行ったことがきっかけでした。「ついでに」と足をのばした故郷で、当時父親が経営していた東和の様々な課題が見えてしまったことから入社。事業承継を考えていなかった新城さんの心を変えたのは、ある気づきだったのだそうです。
新城さん
「私はロータスクラブの方針やディーラーの提案、経営上の数字の分析から、広告やチラシも作り、お客さまへの応対なども従業員に向けて指示していました。でも、自分自身で車を売ろうと試みると、1台も売れない。半年経ってようやく現れた最初のお客さまは、小さい頃から私のことを知っている近所の方でした。私が帰ってきていることを知って、ご祝儀みたいな形で車を購入してくださったんです。
申し訳なく思うのと同時に、目の前にいるお客さまがどんな生活をし、何を求めているのか、何を話せばいいのかすらわかっていなかった自分にも気づきました。そこから、この業界にきちんと関わりたいと思ったんです」
当時の自分は従業員にとってもかなり印象が悪かったと思う、と振り返る新城さん。反省と気づきを得て、人と人とのつながり、コミュニケーションを大切に、地域への理解を深めていきました。プロモーションも、宮古島という環境に目を向け、暮らす人の生活をより便利にできるものを提案する、潜在的なニーズを掘り起こす方向へと大きく転換していきます。
そうした中で必要性が高まったのが、社内全体の協力体制。
当時、チーム内では業務や目標をしっかり把握していても、他チームのものは見えづらい状況でした。例えば営業が目標達成のために無理をして受注してしまい、作業を行う整備チームにも無理が生じ、結果的に非生産的な状況になってしまうということも起きていたのだそうです。
日報アプリが相互理解を深め、ポジティブな社内コミュニケーションを活性化
整備、営業、事務の各チームがお互いの状況を把握して仕事を進めるにはどうすればいいか。
新城さんは、紙やExcelで管理し、書きにくく読みにくかった日報に注目。デジタル化で情報共有とコミュニケーションの円滑化を図ろうと、2019年、社内SNS型日報アプリ「gamba!(ガンバ)」導入に動きます。
「gamba!」は、日報をより効率的・効果的なものにするため、コミュニケーションの仕組みを取り入れたアプリ。業務に合わせて設定したテンプレートに、PCやスマホから入力します。提出ボタンを押すと内容はクラウド上に保存され、全従業員が閲覧でき、いいねやコメントなどのフィードバックも可能になるシステムです。
当初は「紙の方がいい」「めんどうだ」といった後ろ向きの声もあったそうですが、新城さんはSDGsの観点なども交えて説明し、導入。タスクやスケジュール入力など一般的な内容で運用していましたが、なかなか定着しなかったそうです。
そこで、新城さんは、記入項目に「社長に報告」「協力依頼」、さらに、誰かに助けられたこと、うれしかったことなどを記入する「親切行動」を追加。特に、日々の感謝を、クラウド上の日報という従業員全員が見られる場で伝えるものへと変えたことが大きな転機になったといいます。
新城さん
「日報に感謝を書くと、アプリ上で全従業員にその人の素敵な行いが見えるようになる。『これを書いたらあの人はきっと喜んでくれるだろう』と想像できることで、日報を書くことが『めんどう』から『楽しみ』になり、定着が大きく進みました。
さらに、お互いに『忙しい』とばかり言っていた状況が、『今なら大丈夫かな』『こういう言い方をすれば伝わるかもしれない』と、相手の立場を考えたコミュニケーションに変化していったんです。業務内容ばかりでなく、従業員の人となりが共有され、相互理解が深まったからだと思っています」
日報アプリは、「見られている」という意識、リアクションなどのフィードバックや他者の文章に触れることによる気づきももたらしました。全従業員がよりわかりやすく、より伝わりやすく書く工夫をするようになり、情報や自分自身の考えなどを正しく伝えるスキルが全社的に向上。上長も現場の状況をより詳細に把握できるようになり、的確な判断が取れるようになりました。
従業員の主体性を引き出す工夫が奏功。DX推進のための社内勉強会
新城さんは、毎月1回、2時間程度の社内勉強会も開催しています。10年ほど前からの取り組みでしたが、新城さんが事業承継し、経済産業省が「2025年の崖」の警告を発した2018年以降は、社内DX推進を目的に開催してきたそうです。
勉強会と聞くと、講師が用意した資料をもとに講義し、受講者はそれを聞く、というスタイルが思い浮かびますが、新城さんの「勉強会」はそれとはまったく異なるもの。テーマの選定のみ新城さんが行い、3~4のグループに分かれて、「テーマとなった課題にどう対処するか」「解決するために何を使って、何ができるか」をディスカッション。その結果をチームごとに発表し、最終的に選ばれた方法が会社の方針となるのが基本的な流れです。
当初は、資料やスライドで新城さんの知識をシェアし、従業員はそれを聞いて学ぶ、よくある勉強会だったのだそうです。新城さんは、自身がDXについての理解を深めたことで危機感を感じ、方法を変えたと語ります。
新城さん
「DX実現は、従業員にいかに自分ごととして考えてもらい、主体的に取り組んでもらうかにかかっています。知識のシェアやインプットのみではそれは不可能だと感じ、勉強会の内容を見直しました」
インプットではなくアウトプットに主眼を移し、ディスカッションの場へ。社内の様々な課題解決をテーマに置くことで、「自分の意見で働く環境をより良くできる」と、従業員の積極性・主体性を引き出しました。さらに、話し合って決めた結果を正式な社内方針として採用することで、具体的かつ実現可能な結論を導き出すことも可能になっています。
鍵は、コミュニケーションの一方通行から双方向への転換
日報アプリ導入、社内勉強会といった取り組みの効果を最大化させているのは、新城さんがその土台となるコミュニケーションを充実させるために行った様々な工夫でした。心理的安全性を確保して意見を言いやすい環境を作ることはもちろん、従業員それぞれの個性を見極め、あまり積極的に発言しない人はコミュニケーションの得意な人がサポートするよう調整。意見を取りこぼさず反映させるための細やかな工夫で、活発なやりとりを促しています。
新城さん
「日報アプリも勉強会も、最初は一方通行のコミュニケーションでした。それを、従業員からのフィードバックや意見を反映させられる、双方向のコミュニケーションへと変えていったことが大きかったのだと思います。
最近は従業員から提案を受けることも増えました。その時には、必ずいい面に意識を向けること、足りない部分は一緒に考えることを大事にしています。『いいんじゃない。ビジネスに結び付ける方法はこっちでも考えるから、もっといい企画にできるように競争しよう』と声をかけ、私も考えるよ、一緒にやろう、と伝えるんです」
こうしてできた土台の上で、新城さんは郵送が主だった対顧客コミュニケーションも公式LINEアカウントの活用で双方向へと転換。新城さんも構築に参加したロータスグループの顧客情報管理システム「ロータステック」との連携で、「車」にフォーカスしていた顧客情報を「人」に広げ、潜在的なニーズへのアプローチを行うことや、細かなやりとりまで全社で共有できる状況を作り、顧客の満足度を高めていく取り組みに着手したのです。2023年12月現在、登録者は約900人と順調に増えています。
新城さん
「LINEなら言葉では説明しづらいことでも写真、動画で簡単に伝えられますし、『既読』表示でお客さまに伝わったかどうかも明確。そうしたやりとりがすべて記録され、さかのぼって確認できるので、担当者が変わっても、お客さまに『前の人には言ったたんだけど…』と同じ説明を繰り返させてしまうこともなくなり、疑問点や修理の依頼などももっと気軽に送ってもらえます。
顧客の属性や家族構成、ライフスタイルに目を向けることで、乗り換え、タイヤなどの部品交換やメンテナンス時期など、潜在的なニーズの掘り起こしにもつながると考えています」
Instagramでの情報発信や集客にも挑戦し、現在フォロワー数は約700人に。工夫を凝らした写真やストーリーズで自動車整備の日常を届け、集客へとつなげています。
AI解析システムの構築も進行中。自動車整備士の「今」を正しく伝え、子どもたちに選ばれる職業へ
新城さんは、ロータスグループが取り組むAI解析による整備支援システム開発チームの一員でもあります。多種多様な車種、システムが存在し、数十万~数千万の部品からなる車。AIの教育には膨大な整備情報データが必要で、現在はそれを集め、精査している段階で、2030年頃の実用化を目指しています。
新城さん
「整備の最適化、経験の浅い新人整備士のアシストを目的にしたシステムです。現在の自動車整備の仕事は主にプログラムの解析など。ハイブリッド車、電気自動車も登場し、そのテクノロジーも日々アップデートされていくので、知識や技術の日々の勉強が必須の職種へと変化しているんです。『オイルまみれになって車を整備する』という古いイメージと実像には大きなギャップが生まれています」
古い自動車整備士のイメージを変え、正しい姿を認識してもらい、子どもたちが「なりたい」と憧れる仕事にしたい。そう考える新城さんは、自動車業界で活躍する若い力を育て、支援するため、工業高校での授業などにも積極的に取り組んでいます。
社内DXを推し進め、自動車整備士の今を正しく伝えるために精力的に活動を行う新城さん。今後DXへ踏み出す方へのアドバイスを尋ねると、次のように答えてくださいました。
新城さん
「DXについて勉強し、しっかりと理解することは前提として、社長ひとりで取り組んでもうまくいきません。まずは『DXって何?』というところから従業員皆と共有し、理解を深めることが土台になります。そのうえで、従業員が自分ごととして取り組む工夫をすることが大切です。
例えば、何かデジタルツールを使うにしても、『これを使うよ』という段階からではなく、そのツールを使うかどうか、別のものがいいのか、提案の段階から始めること。
外部の専門家の力を借りるのもひとつの方法ですが、その場合は提案される内容が自社に合うものなのかどうかをしっかりとジャッジすることが必要になってきます」
自分自身の勉強に加え、従業員の理解を深め、主体性を引き出す工夫。
東京から宮古島へと戻った新城さんが歩んだ、決して平坦ではない道のりには、そのヒントがいくつも示されています。