- 事例紹介
- IT活用/人材育成
沖縄県DX促進事業にも採択され、全社でDXに取り組んでいるおきなわワールド 文化王国玉泉洞(以下、おきなわワールド)を運営する株式会社南都(以下、南都)。沖縄県内最大級の観光施設がDXへと踏み出したきっかけは、コロナ禍でした。
南都の創業は本土復帰前、米軍統治下の1971年。「観光資源は自然を克服するのではなく、育むことによって調和がとれ生きてくるものである」という社訓のもと、4年もの歳月をかけて県内から資本を募り、民間企業としては県内初の有料観光施設「玉泉洞」を1972年にオープンさせたのが始まりです。ガンガラーの谷や大石林山でも人気を博し、2017年には経済産業省の地域未来牽引企業にも選定されました。
好調な沖縄観光のもと、順調に見えた前途でしたが、2019年、新型コロナウイルスによる観光客の激減で一転。開園以降初となる臨時休園も余儀なくされました。
お客さまを迎えられない閑散とした施設内。総務部部長を務める大城宗久(おおしろむねひさ)さんは、突然訪れた危機的状況に打ちのめされながらも、「今できることを」と、様々な変革への取り組みを始めます。
後悔しないために。「活路はデジタルにしかない」
南都では、請求書処理などの一部はシステム化されていたものの、様々な業務が紙ベースのアナログな方法で続けられていました。特に、様々なコンテンツを抱えるおきなわワールドの団体客予約管理に関する部署間の情報共有に大きな課題を抱えていたそうです。
団体客受け入れに関しては、ツアーを主催する旅行会社との商談で提供するコンテンツや価格が決まります。各商談で決まった内容や旅行商品情報はまず営業部で記録され、紙の状態で予約管理を担う業務部へ共有されていました。
おきなわワールドには国内でも最大級の観光鍾乳洞・玉泉洞や約50種・450本の果樹が栽培される熱帯フルーツ園、赤瓦の古民家が立ち並ぶ琉球王国城下町といった施設はもちろん、レストラン、酒造所、伝統工芸の体験といった様々なコンテンツがあります。
受付への到着時刻や各施設の滞在時間などのスケジュール、移動ルート、レストランを利用する場合の席割や食物アレルギーへの対応有無など、1団体の予約について管理しなければならない情報はかなりのもの。「団体別」「施設別」「時刻別」といった台帳を作成し、それらを見比べながら予約管理を行っていたそうです。内容に変更があれば都度調整を行わなければならず、予約の確定までには30分~1時間が必要でした。
そんな中で起こった突然のコロナ禍。国や県の支援を活用して雇用維持に努めたものの、健康や家庭の事情、観光産業そのものへの不安から、退職を選択する従業員も相次ぎました。
大城さん
「人口減少もあり、雇用を以前の水準に戻すのは困難です。さらに、目に見えてお客さまが少なくなり、創業50年の歴史の中で初めての臨時休園も体験し、これまでのやり方では今後生き残ることはできない、と痛感しました。『あの時取り組んでいれば…』と後悔したくない、活路はデジタルにしかない、と思いました」
コロナ禍によりもたらされた危機感と時間が、日々の業務に追われて踏み出せずにいたデジタル化・効率化の第一歩を大きく後押しすることになったのです。
導入には補助金を活用、県内観光施設へのヒアリングでパートナーを選定
紙管理からの脱却と各部署が行ってきた情報管理の一元化に加え、人材不足の中で人という経営資源を最大限に生かし、事業継続・従業員への還元を行うためには、システム導入が必須でした。
ネックとなるのは高額の費用。自己資金のみでの導入は難しいと考えた大城さんは、沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)へ導入資金支援について相談します。沖縄DX促進支援事業に採択されれば導入費用の補助を受けられることを知り、ISCOとの二人三脚で申請のための書類作成を進めるとともに、導入・資金計画や費用対効果について経営陣へプレゼンし同意を得ました。
大城さん
「弊社の経営陣は懐が深く、現場がやりたいことは筋が通っていれば承認する方針です。でも、コロナ禍の打撃も大きく、補助金がなければシステム導入は先送りされていたかもしれません」
構築するシステムの内容やパートナーとなるIT企業の選定にあたっては、沖縄県内の観光施設から力を借りました。
大城さん
「営業部を通して県内数カ所の施設に連絡を取り、ヒアリングさせてもらいました。営業どうしの交流があったとはいえ、どの施設も、競合でもある私たちに細かなことまで教えて下さったことにとても驚きましたし、心から感謝しています」
同業他社からの情報提供を得て、多くの施設のシステムを手がけていたある県内IT企業をパートナーに選定。観光施設にフィットしたシステムをカスタマイズすることで、ゼロから構築するよりも費用を抑えられる点もメリットとなりました。
何よりも大切にした、関わる人とのコミュニケーション
大城さんは、システム導入・浸透には各部署のキーパーソンの協力が欠かせないと考え、業務部課長の糸数さん、営業部課長の新垣さんと協力体制を築きます。
各課の課題や改善点に精通した二人の協力のもと、現場での聞き取り、システム導入の目的共有、業務フローの見直しや改善のボリュームゾーンの洗い出しも実施。「現場業務をいかに楽にできるか」を最優先にシステム構築に当たりました。
また、パートナー企業とは、大城さん、糸数さん、新垣さんが出席する月1回の定例会議に加え、必要に応じたイレギュラーでのミーティング、そのほかコミュニケーションツールSlack(スラック)も利用。しっかりと信頼関係を築き、綿密な情報共有と方向性を確認するための時間を惜しみませんでした。
糸数さんは、パートナー企業の担当者とのやりとりで、「わからない言葉や説明をそのままにせず、お互いにしっかり確認する」ことを心がけたと話します。
糸数さん
「最初に現場業務の説明をした時、うまく伝わっていないのでは、と感じて確認したんです。すると、『専門用語が多くてわからなかった』と正直に答えてくださった。私たちもITに関する専門用語は理解できない場合もあります。そういった部分はお互いにしっかり確認しながら進めましょう、と話しました」
業界特有の言葉をわかりやすく伝え、わからないことは確認する。糸数さんはそうした工夫も盛り込みながら、実際に現場を見てもらい、流れだけでなく、なぜその作業が必要なのか、何の目的で行っているのかまで掘り下げて伝えました。それはIT企業担当社が南都の業務を深く理解することにつながり、「この作業は重複しているので省いてはどうか」「この作業は置き換え可能ではないか」といった提案も引き出すことになります。
実は、2015年に一度、同様のシステム導入にトライしたことのある南都。その際にはうまく進めることができず、苦い経験となりました。海外団体客の増加による日常業務の激化、目に見える脅威が存在せず「今取り組まなければ」という危機感を全社で共有できなかったことも挙げながら、糸数さんは、最も大きな原因はコミュニケーション不足だと考えています。
糸数さん
「当時は現場の声を聞くといった事前準備もなく、現場の使い勝手が考慮されないままシステムに業務をあてはめる形でした。それで新しいものへの抵抗感が強く出てしまったと思っています」
過去の反省から、何よりも関わる人とのコミュニケーションを重視して進めたことが、今回のシステム導入をより円滑にし、成功へ導いたと言えるでしょう。
コロナ禍の中のもう一つの取り組み、コンテンツの付加価値向上がDXを加速
コロナ禍の南都で進んだDXへの取り組み。それを後押ししたのは、システム導入と同時に進んでいたおきなわワールドの価値を高めるプロジェクトでした。
具体的な取り組みとしては、来場前にどんな施設があるかを知ってもらい、ワクワクしながら巡ってもえらえるよう、「おきなわワールドワンダーセブン」と題して園内7つの見どころを整理。ホームページも大幅にリニューアルしました。玉泉洞やフルーツ園の入口にはガイドを配置し、ハブとマングースのショーは大きな会場へ移動。ハブ博物公園ではヘビなどとのふれあいスペースもスタートさせ、より多くの人に、より興味を持って楽しんでもらえるよう工夫を凝らしました。
コロナ禍の中、新しい何かを作るのではなく、すでにある価値をしっかりと整理し伝えることで、来場者がより高い価値を感じられるようにしたのです。チケットは従来のフリーパスより300円だけ価格を上げ、わかりやすく「入園チケット」に一本化。同時に、沖縄県民をおきなわワールドの応援団と位置づけ、沖縄在住者であればLINEの友達登録で入園料が半額になる県民割も新たにスタートさせました。
大城さん
「以前のおきなわワールドは玉泉洞、王国村、ハブ博物公園、ショップエリアの4つで構成され、ショップエリアは無料開放でした。チケットのバリエーションは5種類以上あり、管理が複雑だったんです。チケットを1種類とすることで、多岐にわたっていた販売窓口が整理でき、予約管理に必要な手順が大幅に簡略化され、システム化を後押ししてくれました」
自社の価値を改めて見直し、高めていく。そうした取り組みが、システム導入との両輪で南都のDXを推進する大きな力となっているのです。
DX人材育成の講座にも参加中。これからもブラッシュアップを続けていく
構築したシステムの使用開始に際しては、説明会やワークショップ、過去の予約データを新システムへ入力するといったトレーニングも実施。現場の意見も吸い上げ、ブラッシュアップを繰り返しつつ2023年2月から本格稼働が始まりました。
最大1時間が必要だった団体予約関連作業は5分にまで短縮。電話で問い合わせるしかなかった予約状況は、パソコンやタブレットからいつでも、どこでも確認可能なものになりました。旅行会社との商談や予約管理は大幅に効率化され、様々な業務がスムーズに進んでいます。
業務部では、コロナ前と比較して5名の人員が減少しましたが、7~10月では残業時間が平均80%削減され、省人化・省力化で大きな効果が得られました。
さらに、システム構築に当たって行ったヒアリングや業務の整理によって、部署ごとのコミュニケーションが活発化し、各々が他部署の業務内容を理解して仕事を進めるようになったという変化も実感しているそうです。
大城さん
「今後はお客さまの属性分析などにも着手し、客層に合わせたプロモーション活動や、経験する価値が高いと感じられるコンテンツの企画・提供を通してお客さまの満足度を高め、より収益性を向上し、さらなるシステムへの投資や従業員への還元にあてていきたいと考えています」
現在、大城さんと糸数さんは沖縄県や内閣府が開催しているDX人材養成講座も受講中。メンターにも相談しつつ、社内DXを加速しています。
糸数さん
「講座に参加して、DXへの理解が深まり、現状把握の大切さを実感し、深掘りして物事を考える姿勢が身につきました。特に、『この業務は本当に必要なのか』と考える時間がかなり増えました。大きく考え方が変わったと感じますし、今後DXを進めるのであれば、こうした講座やセミナーへの参加はおすすめです」
大城さん
「常々思うのは、いきなり大きな変革を目指すのがDXではないということ。実体験として、例えばビデオチャットツールを使ってみる、会議室や社用車予約を紙からデジタルに移行してみるといった小さなことに取り組んだことで、次のステップが見えてきました。あの人の残業を少なくしてあげたい、有給休暇を取りやすくしたい、現場業務を楽にしたい。そんな、誰かの役に立ちたいという思いや視点で、変えられるものを探すことから始まるものかもしれません」
「沖縄の歴史、自然、文化を守るために価値を伝え続けること」をミッションとし、玉泉洞はもちろん、エイサーショーや伝統工芸の体験を通して、沖縄の持つ様々な価値を知り、触れるための大きく開かれた入口としての役割も果たしている南都。
「100年先の旅人たちにも沖縄のすばらしさを伝えたい」と、守るべきものを守るために、変えられること、変えなければならないことに取り組む姿は、DXは手段でしかない、という言葉を体現しているかのようです。