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不発弾根絶を目指して
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沖縄市に本社を置く沖縄計測は、不発弾発見・処理のための磁気探査を行う会社です。不発弾は戦後70年が経過した今も推計1906トン(沖縄県『沖縄県消防防災年報(令和2年度版)』)が地中に残されており、処理の完遂にはあと70年かかるとされています。沖縄県は2009年に起きた爆発事故を契機に公共施設建設時の磁気探査を義務化、民間の建設事業に対しては補助を行い磁気探査を推奨。1日も早い根絶を目指しています。
沖縄計測は1976年から独自の磁気探査機器の開発・製造及び探査業務を手がけ、2010年から2020年にかけて、段階的に磁気探査業務のデジタル化を進めてきました。
デジタル化の成果は多岐にわたります。紙の使用に伴う様々な不便さの解消、解析作業における属人性の排除、解析精度の向上に加えて、これまでは難しかった条件下でも探査が可能に。従業員のストレス軽減や処理能力の向上につながるとともに、探査機器を県内の同業者に販売するという新しい収益機会も生まれています。
多くのメリットを作り、不発弾発見の精度を大きく高めたデジタル磁気探査システム。その開発に携わった、品質管理係の大宜見憲三(おおぎみけんぞう)さんと土木調査部課長の饒波寛之(のはひろゆき)さんにお話を伺いました。
BEFORE & AFTER
- 記録、解析、保管をすべてデジタル化したことにより、処理能力が5倍に。紙の上に書かれた線から数値データを読み取る必要がなくなり、経験の浅い技術者でも熟練者同様の結果が導き出せるようになった。 また、雨に濡れて線がにじむ、風にあおられる、重く場所を取るといった紙を扱う際のストレスがなくなった
デジタル化で処理能力が5倍に向上
「本土復帰から50年が過ぎ、当時建てられた建造物の建て替えが進む今は、不発弾根絶のまたとない機会です」と話す大宜見さん。不発弾を発見するには、更地になった状態で磁気探査する必要があり、チャンスは建て替え時に限られます。年を追うごとに不発弾が見つからないことが増え、業界全体で事業規模の縮小を予測していたそうですが、その矢先に起きたのが、2009年の糸満市での爆発事故でした。
「2008年頃からPCが安価で手に入るようになり、デジタル化を検討していました。そんな折、事故をきっかけに磁気探査が義務化されたことで、一転して市場規模が数十倍に膨らむ予測に。スピードを上げる必然性が高まり、デジタル化に着手しました」(大宜見さん)
以前は、地面の上に探査棒をかざして感知した磁気の波形を紙に記録していました。そのためにペンレコーダーやバッテリー、記録用の大量のロール紙などを持ち込む必要がありました。
解析作業の効率以前に、紙の使用による物理的な負荷が高かったと饒波さんは振り返ります。
「現場には記録用紙をロールで持ち込んでいました。重くて場所を取りますし、風が強ければあおられて破れそうになったり、雨が降れば濡れて線がにじんだり。湿度が高いと詰まってしまい記録に支障が出ることもありました。
持ち帰った後も大変で、解析作業前に丸まった記録紙を平らに直す作業にも時間を取られてしまうんです。解析した後の記録紙を依頼主に納品するため、丁寧に折りたたんでファイリングする手間もばかになりませんでした」
こうした紙の不自由さを一掃できたことに加え、解析作業のスピードと精度も向上しました。
「解析作業は、異常波形を見つけ、その始点・頂点・終点を読み取って数値化する作業です。以前は、始点・頂点・終点の座標を定規とシャープペンシルを使って読み取り、計算式が入った表計算ソフトに入力し、出てきた数値を再び記録紙に書き込んでいました。これが今では、ポイントをクリックするだけで自動的に数値が入力されます」(大宜見さん)
紙に記録していた際は、不発弾の存在を示すわずかな変異を見逃さないよう、増幅させた波形が3本併記されていましたが、線同士が重なって見にくくなってしまうケースも少なくなかったそうです。
そうした記録から1現場あたり1000〜2000ほど読み取る必要がある点の数値を、定規とシャープペンシルで読み取る作業がなくなり、初めから終わりまでデジタルで完結できるように。また、波形をPCの画面上で拡大表示できるようになり、読み取り作業がしやすくなりました。
さらには、納品物も記録紙からデジタルデータに変更。重く場所を取る紙ファイルではなくCD-ROM1枚で済むようになりました。これらのメリットにより、沖縄計測では時間あたりの解析処理能力が5倍になったと試算しているとのこと。また、依頼主にとっては、増え続ける磁気探査記録ファイルの保管コスト削減につながっています。
作業負荷の軽減と並んで処理能力の向上に寄与しているのが、属人性の排除です。
「熟練者しかできなかった作業が初心者でもできるようになりました。0.1mmの違いが大きく結果に影響するため、波形を示す線のどこに点を取るかの判断には経験が必要です。解析後の紙はすべて納品してしまうため、点を取るコツをベテランから若手に教えるチャンスは1現場あたり一度きり。張り付いて見て覚えてもらうしかなく、それぞれの業務をこなしながら技術を継承するのが難しかったんです。
デジタル化によって物理的な線の太さを考える必要がなくなり、そうした判断は不要になりました。他にも経験を要する判断はありますが、過去にベテランが行った解析のアーカイブがデータで残るので学習できます」(饒波さん)
ソフトウェアの改良で探査可能範囲も拡大
デジタル化のメリットは、磁気探査可能な範囲の拡大にも及んでいます。
「磁気探査は鉄類の磁気を探知するものなので、不発弾以外の鉄があるとその磁気も拾ってしまいます。このため、現場に鉄筋コンクリート造の擁壁や既設構造物など大きな鉄を含む構造物がある場合には、5メートル以上離れたエリアまでしか探査できませんでした」(饒波さん)
擁壁や既設構造物などからは大きく長い波形が出て、不発弾の波形に影響を与えてしまいます。そこで、デジタル化に際し、磁気の波形を変換するソフトウェアに不発弾以外の金属から出る波形を除去するデータ処理機能を加えました。それに伴い探査棒も改良した結果、近くに擁壁や既設構造物などがあっても不発弾の有無を見極められるようになったのです。
効率化に加えて磁気探査の対応可能範囲の拡大も可能にした沖縄計測のデジタル磁気探査システム機器は、同業他社にも販売中です。
「すでに10件の注文が入っています。約200社ある同業他社の処理能力も上がれば、それだけ不発弾根絶が近づきます」と、大宜見さんは普及促進への意欲を語ります。
磁気データをデジタル無線通信で送る技術開発に試行錯誤
磁気探査のデジタル化は段階的に進められました。
第一段階は2010年からスタート。当初は納品物の信頼性を担保するため、従来のアナログ方式との併用でした。磁気探査業界にデジタル化の機運がなかったこともあり、紙での納品も求められていたそうです。
2014年からは第二段階で通信の完全デジタル化に取り組み始め、完成に至った2019年まで5年間、試行錯誤が続きました。特に難しかったのは、デジタル化によって探査データに入り込むノイズの解消だったと言います。
「磁気探査は、磁気によって発生する微弱な電流を電気信号にして送信することで波形が現れる仕組みです。デジタル化により、送受信機に搭載する電子機器が増えたことで波形に現れてほしくないノイズが増え、発生源を特定して除去するのに苦労しました」(大宜見さん)
ノイズのない通信を可能にするハードウェアの開発を外部メーカーに、また、受信した波形データを解析処理するソフトウェアの構築を開発会社に依頼して進めましたが、特殊な業務ゆえに委託先とのパートナーシップにも課題が多かったとのこと。
「ソフトウェアに関しては5社目でようやくパートナーシップを組める委託先に出会えましたが、業務自体を学び、親身になって考えてくれる人を探すのが大変でした。最終的な委託先の担当者は磁気探査の現場にも足を運び、社内業務の流れも把握したうえでこちらの要望を反映させてくれたんです」(大宜見さん)
ノイズの原因究明には電子回路関係の専門家の意見も仰ぎながら、大宜見さんが中心となって試用と発生した問題のフィードバックを重ね、完成にこぎつけました。
億単位の資金が必要になる開発のため、中小企業庁の「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」を5回にわたり活用、沖縄銀行の動産担保融資サービスでは従来のアナログ機を担保に資金調達。
様々な苦労を伴う長い道のりを乗り越えられたのは、代表取締役の玉城幸人(たましろゆきと)さんをはじめ、現技術顧問である砂川雅博(すながわまさひろ)さん(当時土木調査部長)や大宜見さん、饒波さんらが意を決して取り組んできたからこそでした。
AI活用によるさらなる進化と海外展開へ
大きな成果を挙げたデジタル化ですが、沖縄計測はさらなる技術の向上や普及を見据えています。目標は解析作業のAI化と、同様の不発弾問題を抱える諸外国への国際協力です。
「デジタル化により効率化できたとはいえ、解析作業は重労働です。AIで代替できれば昼夜を問わず作業が可能。処理能力がさらに向上するだけでなく、まもなく引退を迎える熟練者の技術継承にも役立てられます。
現在は、沖縄高等専門学校に基礎研究を委託してAIでも波形の違いを判別できる目処が立った段階。AIの学習に必要なデータの蓄積を進めているところです」(大宜見さん)
東南アジアや欧州への技術提供を見据えた現地調査の計画も動き始めています。
「歴史上、紛争が多かった地域には多くの不発弾が残っており、特に2度の世界大戦で戦場となった欧州は沖縄の比ではありません。人道的にも沖縄だけに止めておくべき技術ではないと思いますし、ビジネスとしてもまだまだ市場の広がりが期待できます」(大宜見さん)
沖縄県産の不発弾探査技術が海外でも活用される未来に向け、沖縄計測は着実な歩みを進めています。