- 事例紹介
- IT活用/データ活用
宮古島では、公共下水道が敷設されているのは平良の一部のみで、そのほかの地域は浄化槽(汚水や排水を沈殿や微生物の働きにより分解・浄化し、きれいにして放流するための設備)を使用した汚水処理が基本となっています。 有限会社パラダイスアメニティ(以下、パラダイスアメニティ)はその点検・清掃などを担い、宮古島の美しい海と環境を守っている企業。様々なIT・デジタルツールを導入して効率化を図ってきましたが、車両運行管理システム導入からデータの蓄積・分析・活用にも挑戦。移動ルートの最適化を行うことで約30%という大きな生産性向上を成し遂げています。 デジタル化やデータ活用のきっかけは、現在多くの企業が直面しているある課題に対処するためでした。沖縄本島への進出を目指すまでに業績を押し上げた、代表の西里泰徳(にしざとやすのり)さんにお話をうかがいました。
人手不足からデジタル化を決意。いきなり進めず、「急がず、無理せず、少しずつ」
沖縄県内では浄化槽の新規設置や保守管理需要が高まっていますが、それを担う会社は非常に小規模な場合が多く、高齢化などによる廃業も増加しており、対策が急がれているところです。 パラダイスアメニティは、2002年の創業から順調に業績を伸ばして石垣島にも拠点を広げ、沖縄本島への進出もうかがっていました。しかし、2015年頃から採用難に見舞われ、募集をかけても人が集まらない状況に。管理件数の増加に対応するために残業が増える一方となり、アナログだった業務の見直しに目が向くようになったのだそうです。 西里さん 「沖縄本島へ進出するにも、アナログで効率が悪いこれまでの方法では無理があると思ったんです。背に腹は代えられない、という中で、IT・デジタル活用に着手せざるを得ませんでした」
産業振興公社などの相談窓口も活用してIT企業ともつながりましたが、「やりたいことも思いも大きすぎて」なかなかうまくいかった、と語る西里さん。業界団体の勉強会をきっかけに県外事業者の視察などにも赴き、良い方法はないかと模索していた時、共通の知人を通して、宮古島で起業したばかりのあるIT企業代表との出会いが訪れたそうです。 西里さんが提案を受けたのは、いきなりシステム開発を考えるのではなく、安価な既存サービスの利用などでアナログからデジタルへの変化を体験することから始める、という、急がず、無理せず、少しずつ進めていく方法。 パートナーとなったIT企業(以下、パートナー企業)がまず着手したのは、業務プロセスの見直しでした。現場業務を効率化するためには全社の業務プロセスの改善が必要だったのです。まずは経理業務の効率化を図り、現場業務の一部を事務所側で巻き取る形を整えます。そして、点検・清掃記録のデジタル化へ。ここから、パラダイスアメニティの業務変革がゆっくりと、しかし着実に進み始めたのです。
画期的だった現場のデジタル化。既存サービス利用を経てシステム開発へ
当時、点検・清掃の記録は現場で複写式の用紙に必要事項を手書きし、さらに事務所帰着後に別途報告書を作成する、というフローで行われていました。オリジナルのシステム開発を考える西里さんに、パートナー企業は要件定義が固まっていないことから安価なパッケージシステムの利用を提案。従業員がデジタルツールに慣れる期間を作り、本格的なシステム開発へのステップとする目的で、数ある浄化槽システムのパッケージ製品の中から、使いやすいものを選定し導入します。タブレットで記録内容を入力・記録し、WiFiルーターと小型のモバイルプリンターを連動させて印刷まで完結させるものでした。 西里さん 「社内ではもちろんパソコンを使いますが、現場は紙が基本のアナログなもの。そこにタブレットやモバイルプリンターが入るのはとても画期的でしたね。帰社後の入力作業も不要になり、大きな効率化につながりました」 パートナー企業担当者は現場での活用をサポートしつつ、並行して開発を担うIT企業とのやりとりや要件定義も進めました。パラダイスアメニティの業務内容をしっかりと理解することに加え、アナログからデジタルへの移行を経て、ある程度慣れた段階で出てくる「使いにくい」「わかりにくい」点を現場の声から抽出。どのような機能が求められているのかをしっかりと整理して伝え、開発するシステムを形作っていったのです。 例えば、表示する点検項目の絞り込み。浄化槽には様々な種類があり、型式によって点検方法が異なります。既存のシステムではすべての浄化槽に対応する項目が表示されるため、記録する人によってチェックを入れる部分が異なる、どれを選べばいいのかわからず迷ってしまう、ということが起きていたのです。そこで、型式に応じた点検内容の表示とすることで、記録の不統一や迷いが起きない仕様につなげました。
西里さん 「既存システムをまず使ってみて、必要な機能、逆に絞り込むべき機能を選したことが、現場で使いやすいシステム開発につながりました」 開発期間は約1年半。現在も稼働するシステムへの切り替えもスムーズに進み、より正確・迅速な記録を可能にしています。
イレギュラーな業務はデジタルで、90%を占める定期業務はアナログで管理
パラダイスアメニティの業務の約90~95%は定期的な管理・清掃。「浄化槽から聞いたことのない音がする」「排水管が詰まっている」といった緊急の依頼は0.5~1%ですが、できる限り早く対応しなければなりません。事務スタッフが顧客からの電話を受けて複写式用紙に書き込んで状況を整理していましたが、書類の紛失や書き漏れ、変更・修正が多くどれが最新の情報かわからないといったことも多発。また、メンテナンス担当スタッフに電話をかけて調整する際にも、作業中で連絡がつかない、次の作業があり対応できない、といった場合も多く、双方に大きな負担になっていました。 そこで注目したのが、点検・清掃管理システム開発時、開発を担う企業からの提案で進捗管理に使用していたタスク管理ツールのTrello(トレロ)。沖縄県DX促進支援事業(商工労働部 ITイノベーション推進課事業)の補助金も利用しながら、Googleフォームと連携させることで、事務スタッフが電話で受けた案件をフォームに入力、案件の概要が登録される仕組みを作りました。
さらに、その日入った緊急対応の連絡先・作業担当の調整役としてメンテナンススタッフ側に「110番担当」を置くことに。現場の連絡・調整役を明確にし、事務スタッフの仕事はフォーム入力と「110番担当」への連絡、以降はバトンタッチして「110番担当」がその日の状況に合わせて動くというルールも設け、スムーズな運用につなげました。 この仕組みを活用しているのは、あくまでイレギュラーな案件のみ。定期的な業務は月ごとにシフトを組み、ホワイトボードとマグネットで掲示する形です。
西里さん 「ついつい何でもデジタルにしたくなってしまいますが、『IT関係者ほどアナログを使う』とも聞きます。基本的に皆が出社しますし、メンテナンススタッフが作業するのもこのスペース。皆が集まる場所にホワイトボードで表示しておく方が、いちいち画面を開いて見るより簡単に共有できるので、この形で運用しています」
義務化対応のため導入した運行管理システムで移動・業務ルートを集約
2022年4月から、車両を一定以上所有する事業所への運行管理の実施・記録が法律で義務化されました。これに対応するため、パラダイスアメニティでも2021年末頃から運行管理システムを検討。県外展示会に参加して候補を絞り、沖縄県DX促進支援事業(商工労働部 ITイノベーション推進課事業)の補助金も利用しながら、導入を進めます。
ドライブレコーダーによる運転者の映像記録に加え車両位置情報も共有されることから、「監視される」と受け止められてしまい、現場の抵抗感は大きかったといいます。それを和らげたのはパートナー企業担当者の説明でした。監視のためではなく、法律で定められた運行管理上必要なデータ取得のための導入であること。データが自動的に蓄積されるシステムで対処しないのであれば、目視や手書きで資料を作成する必要があること。それらを丁寧に説明し、スムーズな導入・運用にこぎつけたのです。 西里さん 「24時間365日行動監視するためでなく、あくまでデータ取得のため。会社の人間ではなく中間の立場のパートナー企業から改めて目的を伝えてもらうことで、よりスムーズに受け入れてもらえたと感じています」 法改正への対応のみにとどまらず、パラダイスアメニティは、日々運行管理システム上に蓄積されていく位置情報や所要時間の分析・活用にも着手。1年間取りためたデータを使い、2023年11月から、点検・清掃作業の効率化にも取り組み始めました。
作業日程の調整も行いながら、日、月ごとに徐々にエリアを集約。最短・最小の移動で点検・清掃を効率的に進める体制を整えていきました。待ち時間が課題だったバキュームカーでの汚水処理施設への運搬に関してもデータを活用、朝早く並んでも逆に待ち時間が増えるだけという結果から、ルート最適化に集中。その結果、1日に回れる件数も1.2~1.3倍に増加し、以前は月末まで毎日入っていた予定が、現在では第3週後半にはほぼ終了するようになっているということです。
データの持つ力を最大限に活用したこうした様々な取り組みにより、パラダイスアメニティの生産性は約30%アップ。残業も大幅に削減されました。従業員数も稼働時間もそのままですが、今年度500件の新規獲得という高い目標に向け、取引先数の伸びも順調だということです。 データを可視化してその効果を従業員にも共有し、実績をベースにモチベーションを高めるなど、従業員の意識変革も意図して取り組みを進めてきた西里さん。デジタル化に取り組み始めた当初よく聞かれていた「今まではこういうやり方でした」という言葉は、今では「こんなやり方を試したい」「この部分を変えられませんか」という意見や提案に変化し、新たな取り組みへの積極性が定着しつつあるようです。 IT・デジタル化にやや及び腰だった従業員の変化を感じ、西里さんはパートナー企業への感謝を次のように口にします。 西里さん 「取り組みによってどんな効果が得られているのかを分かりやすく可視化することや、会社を経営する立場の私の口からではなく、全体最適化の視点から取り組みの目指すところなどを伝えられたことも大きかったと思います」 効率的な業務システムと新たな変化にポジティブな従業員。大きな力を蓄えたパラダイスアメニティは、2025年早々に沖縄本島への進出を実現する予定です。 さらに、データ活用を営業分野にも広げ、「待ちスタイル」から「攻めのスタイル」に変えてリピート率・契約率向上を目指したい、とも語る西里さん。働く時間や場所を自由に選べる環境を整え、短時間就労で雇用拡大を進めること、浄化槽業務にとどまらない、住宅の総合管理サポートにも目を向けています。 西里さんが常に心に留めているのは、「わたしたちは素晴らしい郷土の自然と水を守り、100年の後まで続く豊かで快適な生活環境をつくるために無限の可能性を信じて挑戦し続けます」という経営理念。掲げられたビジョンをまっすぐに見つめ、それを実現するための手段としてDXを推進するパラダイスアメニティの今後に注目です。