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キャンプ道具の個人間シェアリングサービスで
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手持ちのキャンプ道具を貸したいオーナーと借りたいキャンパーをオンラインでマッチングするサービス「ソトリスト」。現在沖縄の浦添店、名護店、富士山周辺の河口湖店の3店舗を展開しています。狙いは、個人宅に眠るキャンプ道具を安価で流通させ、新しい顧客体験を創造して外遊び市場の裾野を広げること。発見した顧客ニーズを事業開発の中心に据え、デジタルを活用して既存のキャンプ・アウトドア市場を再定義する「外遊び市場のDX」とも言える新規事業です。
ソトリストを運営する株式会社(ウラカタ)は、サイトの企画・制作やデジタル領域のプロモーションなどの受託業務を行っていました。その技術と発想力を生かし、同社が自社運営の新規事業に乗り出した理由とは。
これまでの成果と発見、今後の展望について代表の山田慎也(やまだしんや)さんに伺いました。
中古のキャンプ道具を「シェア」する新しい選択肢
自分で買うかキャンプ場で借りるのが常識だったキャンプ道具を個人間で貸し借りする着想に至った背景には、キャンパーが持つ潜在的な悩みがありました。
「趣味として楽しむキャンプの道具は、嗜好品だからこそお気に入りのものを持ちたい気持ちが強いんです。安い買い物ではないし、頻繁に使うわけでもない。だからこだわって選ぶんですが、実際に使ってみると、イメージと違ったり使い心地が合わなかったりすることがあります。わくわく感が膨らむほど、しっくりこなかったときの損失感は大きい。特に沖縄には大型のアウトドアショップがなく、実物を見たり手に取ったりする機会は多くありません」
車を試乗するのと同じように、キャンプ道具も買う前に試せたら…。
解決策として編み出したのが、「持っている人が持っていない人に安価で貸す」というシンプルな方法。WEBプラットフォームを構築することで、使ってみたい道具の種類や借りたいタイミングといった借り手のニーズと、貸出可能なストックを効率よくマッチングし、決済までアプリ上で済ませられるサービスを作り上げました。
「一度使ってみれば自分に合うかどうかわかるし、好みやこだわりに気づくきっかけにもなる。買い物のミスマッチが未然に防げるはずです」
メリットは、借りる側だけでなく貸す側にもあります。
「しっくりこなくて一度しか使わなかったり、キャンプに行く機会が思ったほどなかったりと、せっかく買ったアイテムが押し入れや収納に眠っているケースは多々あります。放置して劣化させたくないし、捨てるのもしのびない。だったら所有したまま、自分が使わない間他の人に使ってもらえばいい。
我々が無料で預かり、管理・メンテナンスまで行えば収納スペースの問題も解決すると考えました」
買う前に試したいキャンパーと、置き場所に困っているキャンパー。ソトリストは、双方の悩みを解決する画期的なサービスでした。
すぐに200点集まった。ソトリストが選ばれた理由とは
「ソトリストをリリースしたところ、すぐに問い合わせが殺到。一気に200点ほどのアイテムが集まりました。キャンプ道具を持て余していた方々が、サービスの利便性を直感的に理解してくれたんだと思います」
現在、ソトリストの出品オーナーは約400人でレンタルユーザーは約2200人。取り扱うキャンプ道具は1700点以上に上ります。
キャンプ道具を持て余した時の選択肢には、地域のリサイクルショップやフリマアプリで売る方法もあります。手放すという選択肢と比較してソトリストが優れているのは、キャンパーの心情を的確に掴んでいること。
「捨てたり譲ったりせずに押し入れや収納に眠らせていた理由は、購入代金の元を取るほど使えていないから。悩んで買った思い入れや、外遊びの時間を楽しんだ思い出も詰まっているので、リサイクルショップに持って行っても査定に納得できないんです。フリマアプリは自分で価格を設定できますが、購入者は安くて良いものを求めているので、真っ当な価格で売りたい出品者の希望とマッチしません」
ソトリストでは、レンタル価格の20%が出品オーナーに支払われます。アイテムによっては、一度の貸し出しで購入代金の10%を稼げる場合も。
「10回レンタルされたら元が取れるとなれば、購入するハードルが下がって楽しみが増えますし、得られた報酬でまた新しいキャンプ道具を買うのもいいですよね。所有する中古品をうまく活かすことで、キャンプの楽しみを続け、広げやすくなると考えています」
キャンプ・アウトドアに関連する未開拓市場に打って出る
キャンプ道具をはじめとするアウトドア業界の市場規模は約3000億円と、新規事業で狙うには小さすぎるとの指摘も多いそう。しかし、山田さんは、これまで道具のメーカーと販売店、キャンプ施設運営が中心だったアナログな業界にデジタルを持ち込むことが、業界に眠る、道具の貸し借りにとどまらない未開拓市場・顧客価値の掘り起こしにつながると考えています。さらにその先には、新しい概念としての”外遊び市場”が見えてきます。
ソトリストはすでに、キャンプ施設の運営・利用のデジタル化サービスを追加実装済み。
「2020年のゴールデンウィーク、県内で初めての緊急事態宣言発令で公営のキャンプ施設が急に閉鎖され、営業中の民間キャンプ場に多くの人が駆け込みました。現場では電話やFAXでの受付が追いつかず、アナログな予約管理でダブルブッキングも発生。ソトリストのユーザーさんがせっかくレンタルしたキャンプ道具を使わないまま返却する姿を見て、危機感を覚えました」
キャンプ道具の選択肢が増えても、受け皿となる施設のキャパシティーが増えなければ市場は広がりません。そこでURAKATAは、キャンプ場のオンライン予約と事前決済、自動チェックイン機能をソトリストに追加。施設とユーザー双方にとっての付加価値を生み出したことで、これまでソトリストの顧客ではなかったレンタルを必要としないキャンパーへと顧客層の拡大も実現しました。
「予算やスキルの問題でオンラインでの情報発信をしていない施設が多かったのですが、ソトリストへの掲載がより多くの方へのプロモーションにつながりました。また、糸満市の民営キャンプ場の例では在庫状況が見える化されたことでプランの見直しと値上げを決意。高収益化が実現したそうです」
ユーザーにとっては予約の利便性が向上。行ったことのない新しいフィールドを発見する楽しみが増えています。
「キャンプを楽しみたい顧客の行動を把握し、顧客が喜ぶ価値をサービス化することでソトリストのユーザーを増やしていった先には、さらなる未開拓市場がある」と山田さんは話します。
注目している未開拓市場のひとつが、まだキャンプ場として利用されていない私有地の流通です。
「個人や企業が所有する土地をキャンパーに貸し出せる仕組みをつくる。使っていないキャンプ道具をシェアするように、余った土地をシェアすることで、貸す側にも借りる側にも価値を生めると考えています」
また、既存のアウトドア市場の主役であるキャンプ道具メーカーや販売店にとっては、購買層の裾野を広げる他、顧客満足度の向上につながる可能性があります。
「製造が追いついていない人気メーカーにとっては、転売などで高額化し、本来届けたい相手に届かない状況を改善する手立てになると考えています。また、ソトリストでレンタルを繰り返すことで商品の耐久性を測るリアルなデータが集まり、品質向上にご活用いただけるかもしれません。
ベテランキャンパーが初心者を誘う場合の準備や清掃の手間も省け、ハードルが下がるためキャンプ人口の裾野を広げることも可能です。最終的にはキャンプ道具を買い揃え、使いこなすキャンパーを増やしたい、という思いは私たちも同じなので、メーカーや販売店の皆様ともうまく連携していけたらと願っています」
こうした未開拓市場に打って出るためには、キャンプ道具の個人間シェア・キャンプ場の予約と事前決済・自動チェックインのデジタルサービスを基盤に、まずは圧倒的な数のキャンパーを囲い込む必要があります。そのため、ソトリストでは続く一手として、キャンパーのオンラインコミュニティ形成を計画しています。
「ソトリストのユーザーであるキャンパーの動線上には、キャンプ場付近のスーパーや飲食店があります。キャンプ用の食材や炭などの買い出しは目的地付近で行う傾向があるため、例えばソトリスト河口湖店がある富士山周辺のスーパーでは、キャンパー向けにお米を1合単位で販売しています。ソトリストがユーザーの位置情報を取得して、現地にいるキャンパーにリアルタイムにこうした情報を提供ができれば、ユーザーのキャンプ体験は豊かになります。
おすすめのキャンプ道具やキャンプ飯のレシピなど、キャンプ中の情報はすでに競合によるオンライン化がかなり進んでいます。そこで、キャンプに行って帰るまでのルート案内に特化した情報交換の場を作ろうと考えています。居住地とキャンプサイトの動線上にある地域に市場を拡大するためにも、キャンプ場周辺のおすすめの道の駅やお食事処など、ベテランキャンパーが知る現地のリアルな情報をオンラインに引き出したい。
ソトリストで道具を借りていただければ、道具を清掃する手間が省けてアフターキャンプの時間と気持ちにゆとりができます。情報の力でこの余剰をより豊かにすることで、外遊びの価値を高めていきます」
ITの越境力で新規事業に乗り出し、"外遊び市場"を創造する
“外遊び市場”の可能性を探求する山田さんですが、創業時のURAKATAは県内企業を主要顧客とするWEBサイトなどの受託制作やデジタルマーケティングを担う会社でした。
「受託制作の仕事は順風満帆でした。ただ、県内の企業様のお役に立ちたいという意志でお仕事をお請けしていたところ、当然ながらクライアントの対象顧客は沖縄県内に限定されることが多かったんです。次第に、小さな島からでも世界とつながれるWEBのダイナミズムを生かした仕事をすることで沖縄経済に貢献したい気持ちが募っていきました」
地方というハンデを乗り越え、沖縄にとどまらない新しい産業を創出するWEB事業を構築する。そう決めた山田さんは、自身のライフワークでもあり、1990年代の第一次キャンプブーム以来変化の乏しかったキャンプ業界に着目しました。
「リサーチを進める中で、個人間でさまざまなモノやスキル、スペースなどをシェアするシェアリングエコノミーサービスが、車や自転車、宿泊場所など私たちの生活に身近に迫っていることを知りました。ところが、キャンプ業界には、まだそれがなかったんです。これはいける、と、確信に近い見通しがつきました」
しかし、道具の作り手・売り手・買い手しか存在しなかった昔ながらの業界には、シェアリングエコノミーサービスに活かせるマーケティングデータはほとんどありませんでした。
「顕在化していないステークホルダーの存在によって、市場規模の把握が難しいために資金調達に苦労しました。そんな折、沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)の沖縄ベンチャーフレンドリー宣言をきっかけに県内大手企業との繋がりができ、サービスに賛同いただいた株式会社琉球新報社さんや個人投資家の方から支援いただくことができました」
県内2店舗(浦添店と名護店)に加え、調達した資金で山梨県の富士山エリアに店舗を構え、県外進出を果たした山田さん。「沖縄にとどまらない」を実現しながら、県内では”外遊び市場”の拡大を狙って商業施設に焚火シーンを提供する新サービス「タキビスト」も開始しました。
小さな島から世界につながる新規事業で沖縄経済に貢献したい
ITあってこその新市場を開拓し、沖縄にとどまらない新産業を沖縄から創出したいという思いで新規事業をスタートさせた山田さんに、これまでを振り返った現時点での気づきを伺いました。
「国や地域をたやすく越えるITは、立地に関係なく関わる人や物事の幅を大きく広げます。従って、ユーザーさんが想定外の動きや反応をされることもあります。常識や思い込みが壊されて戸惑いますが、それこそがITの良さだと受け取り、楽しむことが大切なのかなと」
共に”外遊び市場”を作り広げていく多種多様な顧客、ステークホルダーとの出会いを求めて、山田さんの挑戦は続きます。