- 事例紹介
- IT活用
建設業は、かつては長時間労働になりやすく、屋外・高所作業も多いことからそのイメージはあまり良いものではありませんでした。こうした負のイメージを払拭しようと、「新3K」(※1)、「i-Construction(アイ・コンストラクション)」(※2)といった様々な取り組みも活発に行われています。
株式会社前田産業ホテルズ、株式会社ゆがふファシリティ、株式会社沖縄シャングリラとともにゆがふホールディングスを構成する株式会社屋部土建(以下、屋部土建)は、1933年に名護市で創業した歴史ある企業。積極的に新しいものを取り入れる社風のもと、デジタル技術を活用して効率化や生産性向上を実現し、魅力ある建設業を目指しています。
2023年にDX推進部を発足させ、拠点施設となる「YLAB(ワイラボ)」も新設した屋部土建の取り組みについて、新たなツールの導入によって現場が変わっていくことを「ワクワクする」と語る、総合企画本部常務取締役の入佐学(いりさまなぶ)さん、DX推進部上席部長の比嘉忍(ひがしのぶ)さん、ゆがふホールディングス情報企画部上席部長の上原康貴(うえはらやすたか)さんにお話をうかがいました。
※1 新3K:「給与がよい、休暇が取れる、希望が持てる」。国土交通省が一般社団法人 日本経済団体連合会とともに2015年に提唱
※2 i-Construction(アイ・コンストラクション):2015年に国土交通省が発表した、建設業の生産性向上のために全建設プロセスでのICT活用を推進する取り組み
迫られる外部環境の変化や法令への対応。手探り状態からの脱出の鍵は「情報」
住宅や施設はもちろん、道路や橋、上下水道、防災のための工事も手がけ、沖縄県民が安全・快適に生活する土台を支えてきた屋部土建。2011年の東日本大震災を契機に、経営トップが「災害時にも使えるネットワークを」とクラウド環境の導入に動くなど、デジタル化を積極的に進めてきた企業です。
入佐さん
「災害発生時、私たちは緊急車両が通れるよう壊れた道路を直すといった活動に従事します。震災後、沖縄県建設業協会で『災害時にも連絡を取れる』とGmailが紹介されたことから、当時社長だった現会長がリサーチし、GoogleWorkspace(グーグルワークスペース)の導入が決定。クラウド環境の利用が始まりました」
労働人口減少、原材料高騰といった外部環境の目まぐるしい変化に加え、2015年には新3K・i-Construction、2016年には働き方改革と、国は次々と新たな方針や法令を発表します。さらなるIT・デジタル活用に迫られる中、最初は対応に苦慮したと振り返るのは、DX推進部上席部長の比嘉さんです。
比嘉さん
「i-Constructionに対する取り組みは、実は当初なかなか進みませんでした。県内では情報が少なく、どうすればいいのか、何から始めればいいのか私たちも手探りだったんです」
現在の屋部土建は、建設現場への施工管理アプリ導入はもちろん、社内情報共有や勤怠管理をはじめとする社内のありとあらゆる業務にIT・デジタル技術を導入しています。
【屋部土建で2024年現在使用されている主なツール】
■営業・バックオフィス系
Google Workspace(メール・ストレージ他)、ジョブカン(勤怠管理)、C ARADA(健康管理)、rakumo(スケジュール共有)、direct(社内チャット)、Salesforce(顧客情報管理)、kintone(社員情報管理)、Tableau(データの可視化・分析)、CData(データ抽出・連携)
■建設現場
eYACHO for Business(土木現場施工管理)、SPIDERPLUS(建築現場施工管理)
さらに、UAVレーザー(ドローンに搭載した3Dレーザースキャナー)やGNSS測量機器での調査・測量、BIM(Building Information Modeling)、CIM(Construction Information Modeling)といった3次元モデルで設計から施工、維持管理までのプロセスを3Dで可視化するといった技術活用も大いに進んでいます。
手探り状態から抜け出すために、屋部土建が真っ先に行ったこと。それは、県外へと目を向け、様々な新しい技術や情報に積極的に触れることでした。
県外見本市で知識・見る目を養い、ツール導入・浸透を加速
比嘉さん
「沖縄県内では得られる情報が限られていたため、首都圏で開催される建設に関する見本市への参加を始めました。膨大な情報に触れ、様々なメーカーの様々なツールを実際に見聞きし、体験することで知識をつけ、目利き力も上がって”実用的で予算に適したソリューション”を導入できるようになっていったんです」
見本市には現在も年2回以上、OJTも兼ねて10名程度が参加。ゆがふホールディングス情報企画部上席部長の上原さんは、最新の情報や知識、リテラシーの向上、県外企業やメーカーなどとのネットワーク拡大など得られるものも大きいと実感しています。
上原さん
「現場で本当に役に立つ、喜ばれるツールを選定するのは大前提として、タイミングやチャンスを逃さないことが大切。検討にあまり時間をかけても良くありません。見本市への参加を始めてから、ツール導入がスムーズに、スピード感を持って進むようになりました」
2021年には総合企画・土木・建築の各部署でIT・デジタル導入に積極的な人材を集めたDX推進室も設置し、選定・浸透を後押しする体制も整えられます。
実際のツール導入は「とりあえずやってみよう」と、まずは使ってみることから始まっていた、と話す比嘉さん。しかし、やみくもに進めるわけではなく、その過程にも様々な工夫が凝らされています。
比嘉さん
「しっかりリサーチしたうえで、どれだけ現場を巻き込めるか。また、いきなり全社に導入するのではなく、まずは小さな部署などで新しいツール活用に積極的な人、知識のある人を中心にテストし、成果が出たもの、使い勝手のいいものを採用します。社内での発表や役員への報告も行い、皆が新しいツールを利用する環境を少しずつ広げていくイメージです。
現場向けのツールは、建築、土木それぞれで使いやすそうなものを選び、浸透すれば採用、しなければ改善もしくは中止といった方法で取捨選択してきました」
上原さん
「従来の方法をそのまま継続する方がいい、新しい方法に変えたくない、という抵抗で、食わず嫌いのような状況も生まれがちです。そういう場合はメリットを伝えたり、やり方を教えたり、一緒に現場に立ってトライ&エラーを重ねました」
入佐さんは、「使わなければならない」状況からも現場への浸透が図られた、と語ります。
入佐さん
「働き方改革実現に向け残業時間の削減に取り組まなければならない状況の中、現場Aはそのために導入したツールを使って結果を出しているのに、現場Bは使いもせず『残業を減らせない』では筋が通りません。法令によって制限ができた状況も現場への浸透の後押しのひとつになったと思います」
週休2日を実現し残業もほぼゼロに。劇的だったDXの効果
働き方改革実現のため、スタッフの意識の高まりとともにデジタル化による勤務時間の把握や様々なツール導入も加速しました。
土木・建築の現場に導入した施工管理アプリは、様々な図面や書類をタブレット上ですべてデジタル化。リアルタイム情報共有で遠隔臨場なども可能にしています。
ドローンや3Dレーザースキャナーで広範囲かつスピーディー、さらに人には不可能な角度や場所からの測量を行うことで、1週間の作業が1日になる場合も。また、設計図や施工図が3次元モデルで平面から立体へと変化したことで、作業工程の詳細なシミュレーションや完成後のイメージ共有も可能になり、着工後の工程や仕様変更なども激減しているそうです。
こうした取り組みにより、週の休みは1日から2日へと増加。繁忙期に多少必要になるものの残業はほぼゼロを実現しています。
最先端の情報に触れることで社内のITリテラシーを向上させ、スモールスタートで使い勝手を見極めてから本格導入するといった様々な工夫を重ねて浸透させたIT・デジタルツールと最新技術の活用。それは、リアルタイムの情報共有やWebミーティング、リモートワークなどの力でコロナ禍を混乱なく乗り切る原動力にもなりました。
様々なツールにばらばらに蓄積される営業・人材・勤務データを集めてデータベースに複製し、BIツールでモニタリングする仕組みも構築。様々なデータ集計を自動化することで、リアルタイムの売上・案件データ、勤務データも瞬時に確認可能になり、情報入力や資料作成の手間を省き、経営陣の戦略立案・迅速な意思決定を支えています。
各部署で独立して活動していたDX推進室は、「会社として全体でDXに取り組む」という意図のもと、2023年に統合されDX推進部として発足。新たな取り組みの利用浸透をさらにスムーズに進めていくため、上席部長の比嘉さんをはじめ、土木・建築現場経験者が主体の14名が活動しています。
同じく、2023年10月には浦添本社が入居するゆがふBizタワー内にDX推進のための拠点施設「YLAB(ワイラボ)」も開設。9面マルチディスプレイやドローン、レーザースキャナー、3Dプリンタなどを備え、建設現場の遠隔パトロールや報告会などにも活用するほか、建設業を志す学生などの見学や体験も受け入れ、建設業の魅力を未来の人材へ伝える役割も果たしています。
目指すは「新3Kプラス1」。県内建設業に新風をもたらす取り組みが進む
屋部土建では、ペーパーレス化・効率化、リアルタイムデータの可視化で生産性も大きく向上し、働きやすく休暇を取りやすい職場環境が実現しています。
現在、現場職員や外注で対応している工事写真管理業務のバックオフィス分業化にも取り組み、専任スタッフ2名を雇用して、現場事務所に設置された端末を遠隔操作しながら業務を行っています。5~6の現場に対応し、当該現場スタッフは空いた時間で他の作業を進めて効率化や勤務時間短縮を図っているのです。この新たな取り組みは、現場スタッフの提案から始まりました。
建設現場を良く知る経験者たちが中心となったDX推進部が進めてきた取り組みは全社に浸透し、「もっと工夫できるのでは」「もっと効率的に進めるには」といった視点を持って業務に当たる意識を確実に高めています。
「デジタル技術を活用してビジネスプロセスの効率化や生産性を向上させ、魅力ある建設業を目指す」というビジョンを体感できるYLABの存在は、見学に来た学生の面接応募につながるなど、人材確保にも好影響を与えています。
入佐さん
「『建設の仕事に就きたい』『建設現場のDXをサポートする仕事がしたい』と応募してくださる方も増え、DX推進部には2名を新規採用しました。2025年4月には新卒者3名の採用も決定しています」
入佐さんは、今後さらに進むデータの分析・活用で、生産性が確実に上がっていると感じられる指標を作成・共有し、モチベーションの向上やインセンティブなどにもつなげていけたら、とも語ります。
「給与がよい、休暇が取れる、希望が持てる」の新3Kに、「DXはかっこいい」というプラス1も掲げる屋部土建は、沖縄県の建設業に新風をもたらしています。